なっきぃのアンテナ

――とある休日の昼下がり、
舞美とマイが共有する部屋で、今日は舞美と早貴が二人きりで座っている。

「ねえなっきぃ、可愛く仕上げてね!」
「まかせてよ舞美ちゃん!」

早貴が、舞美のオニューの携帯をデコレーション中のようだ。
誰かに頼られるのは嬉しいもの……それが好きな相手ならなおさら。
なっきぃと舞美を繋ぐ、心のアンテナの受信状態は現在良好、バッチリ三本の線が立っている。

舞美の机に向かった早貴が、キラキラ光るラインストーンを一つずつピンセットで摘み、
セメダインを塗って慎重に携帯の表面に貼りつけている。
舞美が机の横にあるベッドに腰かけ、それを見守っている。

「ねえ、なっきぃ、そこはこっちの色の方が可愛いんじゃない?」
「……そぅお?」
「うーん、ここはやっぱり違う色の方がよかったかなあ?」
「貼っちゃったあとに言わないでよお!もう無理だからここは我慢して!」
「ちぇーっ」

静かに見ていることができない舞美に、ついつい早貴の語気が荒くなる。

「……もう舞美ちゃん、さっきから文句ばっかり。そんなに言うなら自分でやればいいじゃん」
「文句じゃなくて注文だもん。それに、あたし下手くそなんだもん。
 ……前の携帯だって、それで使えなくなっちゃったんだから」
「ボンドでくっついて携帯が開かなくなったんでしょ?……まったく、どんなこぼし方したら
 そうなるのよ」

早貴があきれた顔をした。
……それに、このラインストーンは早貴が自分の携帯デコ用に選んで買ってきたやつなんだよ?
それを、わざわざ舞美ちゃんのために使ってあげてるのに……。
早貴がチラリと、机の上に置いていた自分の携帯を見た。

……なっきぃの心のアンテナ表示が、三本から二本になった。

「……ねえ、お願いなっきぃ。だって、なっきぃなら絶対可愛く仕上げてくれるんだもん」
「仕方ないなあ……じゃあ、せめて黙って見ててよ」
「でも退屈なんだもん」
「それじゃ何か自分のことでもしてて。早貴はこっちに集中したいから」
「自分のこと?……わかった」

舞美が早貴の視線から消えた。
さあ集中するぞ、と机に向かいかけた早貴が、

「ねえ舞美ちゃん、後ろでスクワットとか止め……」

振り向いて言うと、「え?」すでに中腰の舞美と目が合った。

「ちょっと舞美ちゃん」
「自分のことしてろって言ったじゃん。それに、そんなに揺れないと思うよ」
「揺れなくても、後ろで『フン!フン!』って慌しく上下されたら何か集中できないの!」
「じゃあダンベル」
「おんなじ!運動系はやめて!大人しく本でも読んでてよ。
 ……あ、携帯の説明書でも読んでなよ。まだ使い方よくわかんないんでしょ?」
「いまマイちゃんに読んでもらってるから平気。あとで教えてもらうもん」

舞美が偉そうに言った。「……もう、何から何まで人任せなんだから」早貴が再びあきれた。

「じゃあ、好きな本でも読んでじっとしてて。その間に早貴が仕上げちゃうから」
「ちぇ、はーい」

舞美がつまらなそうに返事をする。ホントにもう……と早貴が再び机に向かう。
セメダインを、つまようじの先で携帯の表面にちょんと付ける。ラインストーンをピンセットで摘み、
失敗しないように置こうと顔を近づけたとき、突然着信メロディが鳴り出した。

「……きゃああ!!」
早貴が思わず悲鳴を上げた。

「……もう舞美ちゃん、電源は切っておいてって言ったでしょ!!」
「ごめんね、なっきぃ、ちゃんとマナーモードにしておくから」
「振動はもっとダメ!!」
「だって、携帯の電源切ってるの不安なんだもん。……緊急の連絡とかあるかもしれないし」
「緊急の連絡って……例えば誰から」
「えり、とか……?」
「えりかちゃんならさっきリビングにいた!用事があったら直接ここにくる!!
 ……もう、どうせならえりかちゃんに頼めばよかったのに。えりかちゃんが自分でやった
 携帯のデコレーション、すっごい可愛かったよ?えりかちゃんなら舞美ちゃんのために
 喜んで引き受けてくれるのに」
「だって、あたしはなっきぃに頼みたかったんだもん」

なっきぃのアンテナが二本から三本に戻りかけ……、

「なっきぃがちょうど余ったラインストーンを持ってたし」

……再び二本になった。
これは余ってるんじゃなくて、えりかちゃんの携帯デコ見て可愛かったから
自分でもやってみようと買ってきたやつなのに……。
でも、今さら言っても仕方がない。引き受けたからには文句を言わずにやる。
早貴は気を取り直して言った。

「でも、びっくりして失敗しちゃうからやっぱり電源は切っておいてよ」
「じゃあ、なっきぃの携帯もあたしに貸して」
「え〜、何で!?」
「だって、あたしだけ携帯使えないのズルイじゃん。なっきぃもあたしと一緒に
 携帯が使えない不安を味わいなさい!」

「はあ!?何それ」
「いいから。はい携帯貸して」

舞美が机の端に置いていた早貴の携帯を取り上げると、電源をオフにした。

「これでおんなじ、と。じゃ、あたしの携帯も切っていいよ」

舞美が嬉しそうに早貴の携帯をポケットにしまうと、「おやつでも持ってきてあげるね」と
部屋から出ていった。

「……もう、勝手なんだから」

早貴は舞美の携帯を、貼ったばかりのラインストーンに触らないようにそっと開いて電源を切った。
少しして、

「ねえポテチがあったよー。あ、ジュースはオレンジでいいよね?」

舞美がポテトチップスと大きなペットボトルを抱え、指にグラスを二つ挟んで戻ってきた。
机に置いたグラスにジュースを注ぎ、ポテチの袋を開ける。

「はい、なっきぃも食べな」

一枚をパリとくわえながら舞美が袋を差し出した。

「……あ、ごめん舞美ちゃん。指に油が付いちゃうと細かい作業できなくなっちゃうから
 早貴はポテチ食べれないや」
「ウソ!気が付かなかった。ごめんねなっきぃ」
「ううん、いい。……そんな細かいことに気が付くような舞美ちゃんは舞美ちゃんじゃないもん」
「いやあ、そんな褒めなくても」
「別に褒めてないし」

早貴の皮肉を気にする様子もなく、舞美はベッドに腰掛けパリパリとポテチを頬張っている。

コンソメの匂いがとっても美味しそうだ……。

「舞美ちゃん……あーん」
「あ、よかったねなっきぃ、虫歯は無いよ」
「そんなこと訊いてないッ!食べさせてって言ってるの!」
「あ、そかそか。はい、どーぞ」
「ありがと舞美ちゃん!」

大きく開けた早貴の口に、舞美がポテチを一枚ほうりこんでくれた。
しばらくは「あーん」とポテチを食べさせてもらっていた早貴だったが、

「あーん……」
「ねえなっきぃ、もうちょっと上を向いてみて」
「へ、うえ……!?」

何だ!?と思いながらも、言われるままに上を向いた早貴の口に、
「あがががが……!」いきなり舞美がポテチの袋を当てて中身を流し込んだ。

「……ちょっと、何するの舞美ちゃん!?」
口いっぱいのポテチを懸命に噛み砕きながら怒る早貴に、
「え?いっぺんにガーッと食べた方が美味しいかな、と思って」
舞美があっけらかんとした口調でが答えた。

「本当は一枚ずつ食べさせるの面倒くさくなったんでしょー!?
 ……もういい、早貴はもうポテチいらない!」

…………なっきぃのアンテナが二本から一本になった。
そのとき、コンコンとドアを叩く音がして、

「ねえ舞美ちゃん?」

栞菜が入ってきた。

「なっきぃもここにいたんだ。……ねえ舞美ちゃん、今日えりかちゃん用事ができて
 晩ごはんの支度ができないんだって。だから今日の晩ごはんはどうしようか?」
「あ、そっかあ……。どうしよう、あたしも今日はなっきぃと一緒に携帯デコってるんだ……」
「じゃあ、今日はウチと愛理で作るよ。その代わり簡単なものでもいいよね?レトルトのカレーとか」
「うん、それでいいよ。ゴメンね栞菜」
「ううん、大丈夫。じゃあ、みんなでお買い物行ってくるね!」

栞菜が部屋を出ていった。
早貴が、舞美の方を見てちょっと口を尖らせた。

「舞美ちゃん、一緒にデコるって、さっきから邪魔しかしてないじゃん!」
「……ごめんねなっきぃ、せっかくなっきぃがあたしのために携帯デコってくれてるんだから、
 あたしも側にいて何かお手伝いをしてあげたいと思ってるんだけど、さ……」

舞美はめずらしく殊勝な顔になり、黙って早貴を見ている。
その顔を見て、早貴はそれ以上のことが言えなくなってしまった。
ちょっと怒りすぎちゃったかな?と反省をして、(場の空気を変えたいな……)と思い、
「あ〜あ……」思いっ切り伸びをしてみた。

「もう、何だか肩凝っちゃっ……た……ね!?」

……しまった!と早貴は思った。
何気なく口にした台詞なのに、言い終わる前に失敗に気付いた。
舞美が、笑顔でこちらを見ている。

「なっきぃ〜、じゃああたしが肩でも揉んであげるよ!」
「いいよいいよ舞美ちゃん!何もしなくてもいいから大人しく座ってて……」
「いいから、やっとあたしのできること見つけたんだから遠慮しないで!」
「きゃあああ!」

舞美が立ち上がろうとした早貴の両肩を後ろから掴み、強引に椅子に押さえつける。

「痛い痛い痛い痛い!!ねえ舞美ちゃんもっと力抜いてやってよ!!」
「えー、だってこのくらい力入ってた方が気持ちよくない?」
「気持ちよくないッ!……舞美ちゃん、お願いだからもうちょっと優しくしてよ」
「じゃあこのくらい?」
「まだ痛いよ!……もう、舞美ちゃんってどうして力の加減ができないの!?」
「え〜!?なっきぃの肩が弱すぎるんだよ」

後ろにいるので見えないけれど、その表情が想像できる。
今の舞美ちゃんは、、きっと“めっちゃ笑顔”だ。
……昔、誰かが舞美ちゃんのことを“悪魔だ”って呼んでいたのを思い出した。
今の早貴には、その子の気持ちがわかる。舞美ちゃんは笑顔で人をひどい目に合わせる天才だ!

「…………ねえ舞美ちゃん」
「なに?」
「肩は楽になったからもういい。それより今度は早貴の番だから、うつ伏せでベッドに横になって」
「腰マッサージ?いいよ」

ううん、違う。やられた分をやりかえすだけ。
早貴が、うつ伏せになった舞美にまたがって悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……もう怒った、覚悟しろ舞美ちゃん!」
「きゃああああ、何するのなっきぃ!!」
「舞美ちゃんの弱点はわかってるんだから、やられた分をお返ししてやるう!!」

早貴の逆襲が始まった。
舞美の後ろから手を伸ばし思い切り両脇をくすぐる。

「やだやだ、やめてなっきぃ、くすぐったい、あはははは!!」
「ダ〜メ、もう許さないんだから覚悟しな!!」
「やだやだ、やめてやめて……きゃあああ!!」

ぎゅっと脇を締めて必死で逃げようとする舞美を、容赦なく早貴がくすぐり続ける。
しばらくは優位に立っていた早貴だったが、「……このお」舞美が体を捻って反撃に出た。

「……こっちからもくすぐってやる、えーい!」
「きゃあ、あはははは!!」

思わず身を縮めた早貴がベッドに倒れこみ、そのまま二人できゃあきゃあ言いながら
ベッドの上でくすぐりあった。お互いが笑い疲れて、やっと手が止まった。
何だか全身の力が抜けたようで起き上がる気がせずに、そのまま横に並んで天井を見上げた。
隣では、まだ舞美が「うふ、ふふふ……」と小さく笑っている。

……あたしたち、何やってんだ!?
早貴はふと我に返り思った。窓からは、すでに傾きかけた陽の光が射し込んでいる。
急にぐったりと疲れた気がして「はあ……」と早貴は小さな溜め息をついた。

「ねえ舞美ちゃ……」

話しかけようと横を向くと、舞美は瞳を閉じてすうすうと小さな寝息を立てていた。

「寝るの早っ!!」

ほんのさっきまでクスクスと笑ってたじゃないか。
「……もう、子供みたい」あきれて言って、早貴がくすっと笑った。
そして、寝ている舞美の横顔をじっと見つめる。

――いっしょにいると、いつも何かひどい目に遭わされる“悪魔”の舞美ちゃん。
それでも許せちゃうのは、舞美ちゃんに“悪気”がないのがわかっているから。

本当に、いつまでも子供のように無邪気で、真っ直ぐで。

あたしは、そんな舞美ちゃんが、やっぱり好きかも――。
なっきぃの心のアンテナが、一本から二本に回復した。

早貴は上体を起こして机の上を見る。まだ舞美の携帯をデコレーションの途中だ。
……早く舞美ちゃんが喜ぶ顔が見たいな。
携帯のデコ、頑張って完成させちゃおう!
早貴は気合いを入れなおし、ベッドから降りて再び机に向かった。

誰にも邪魔されることがなくなると、作業は一気に進んだ。
時間を忘れて、早貴は携帯デコの細かい作業に集中した。
しばらく経った頃に、部屋のドアが開いて、

「舞美ちゃあん、なっきぃー、ごはんだよー」

千聖が晩ごはんを知らせにやってきた。
「あれ、舞美ちゃん寝てるの!?」眠る舞美に気付いた千聖に、早貴が「うん」と頷いた。
「舞美ちゃん起きなよ、早くしないとごはん冷めちゃうよ!」千聖が声をかけるが、
舞美は眠ったままだ。

早貴のお腹が、“ごはん”の言葉に反応したのか「ぐうぅ」と鳴った。
そうえばお腹が空いちゃったな。もう、そんなに時間が過ぎてたんだ。
でも……、と早貴は目の前の携帯に目を落とした。

「ごめんちっさー、今日カレーでしょ?早貴は後で食べるわ。この携帯デコもう少しで完成だし、
 せっかく集中してるから一気にやってしまいたいんだ」

それに、舞美ちゃんは携帯が使えないと不安だって言ってたから早く渡してあげたいんだ。
そのためには、多少お腹が空いても我慢だ!と早貴は思った。

「でも、今日はカレーじゃなくてすき焼きだよ?」
「えっ、すき焼きぃ!?」

「うん、さっきみんなで買い物に行って材料買ってきたんだ」
「だってだって、栞菜がカレーにするって言ってたじゃん!!」
「それがさあ、愛理とマイちゃんが勝手に買い物カゴに高級和牛とか入れちゃうんだもん。
 それで仕方なく、さあ。あははは」

千聖が嬉しそうに言った。
その笑顔から、早貴にはその光景が容易に想像できた。
どうせ千聖もいっしょに「いいよ、入れちゃえ入れちゃえ」って言ってたに違いない。まったく……。

「ねえ、なっきぃ、いっしょに食べないの?」
「どうしようかな、早くこれも完成させたいし……」

デコレーション完成間近の携帯を手にした早貴が、困った顔になった。

「でも、早くしないとお肉なくなっちゃうよ?高級和牛だよ?」
「……え、お肉!?」

千聖の言葉が聞こえたのか、舞美がいきなり跳び起きた。
早貴と千聖が「わあ!!」と驚いて声を上げた。
舞美は、まだ半分寝ぼけたような目でボーッと早貴の顔を見た。

「舞美ちゃん、目が覚めた?……ほら、もう少しで舞美ちゃんの携帯デコ完成するよ」

早貴が、手にしていた携帯を舞美に見せてみると、舞美はほんの一瞬だけそれを眺め、
そのあと思い出したように千聖の方を向いた。

「……ねえ、お肉、なくなっちゃう!?」
「え!?う、うん、すき焼きだから早くしないと……」

それを聞くと舞美は慌てて立ち上がり、「おにくおにく」と言いながら早貴と千聖を置いて
部屋を出て行ってしまった。

「ええ!?ちょっと舞美ちゃん!!」

早貴の言葉は舞美には届かず、ドタドタと階段を下りる音だけが聞こえてきた。
「……もう!」早貴が口を尖らせて怒った。ぼう然としていた千聖が、やがて「あはははは!」と
声を上げて笑った。

「舞美ちゃんらしいじゃん!」
可笑しそうに言う千聖と対照的に、「でも……」携帯をチラリと見てすぐに横を向いた舞美の姿を
思い出して、早貴の気分は一気に盛り下がった。
――なっきぃのアンテナが、一気に圏外になった。

「ねえ、なっきぃもいっしょにすき焼き食べちゃおうよ」

千聖がなだめるように早貴に言った。

「……ううん、あたしはやっぱり携帯デコ終わるまで食べないことにした!」
「えええ、何で!?……お肉、なくなっちゃうよ?」
「いい。あたしは舞美ちゃんとは違うもん。残ったネギだけでごはん食べるから平気」
「そんなあ、なっきぃー……」
「ごめんね、ちっさー。待ってなくてもいいし、残しておかなくてもいいから、
 遠慮しないでみんなで食べてて」

無理に笑顔を作ってみせると、そのまま千聖を部屋の外へと送り出した。
「ぐうぅ」と再びお腹が鳴った。つまらない意地を張っちゃったな、と思った。

でも、仕方ない。だって、悔しいじゃんか……。
あたしがせっかく舞美ちゃんのために頑張ってるのに、舞美ちゃんはお肉の方が大事だなんて。
だから、せめてあたしは違うというところを見せてやろうと思った。

舞美ちゃんの携帯デコを、綺麗に、完璧に仕上げて舞美ちゃんに渡してやろう。
そして、「舞美ちゃんのために頑張ったんだからね!」とネギを食べながら言ってやるんだ。
決意を新たにして、早貴は舞美の携帯と向かい合った。

それから二十分ほどで、早貴は舞美の携帯デコレーションを完成させた。
自分でも可愛くできたと思う。ちょっとは自信がある。……でも、達成感を感じない。
さっきの強がりな決意とは裏腹に、早貴の気分は沈んだままだ。

「あ〜あ……」ため息をついて立ち上がり、携帯を手に部屋を出る。
「もうみんな食べおわってるだろうな……」部屋を出て階段を下り、みんなが食事をしている
ダイニングキッチンへ向かう。

「舞美ちゃん、できたよ……」

そう言ってキッチンへ足を踏み入れた早貴を、「あ、なっきぃが来たよー!!」と舞美が
手を振って出迎えた。テーブルを囲んでいたみんなが、「あ、なっきぃ!」と早貴の方を向いた。
「遅いよ、なっきぃー!!」マイが不満気に言った。「お腹空いたよー!!」愛理が言った。
テーブルを見ると、電気式のプレートの上で大きな鍋がぐつぐつと小さな音を立てている。
鍋の中のすき焼きは、まだ手つかずのようだ。

「何でよ!?待ってなくていいって言ったじゃん!!」

早貴が大きな声で言った。

「だってさあ、舞美ちゃんがうるさいんだもん」
「……え?」

千聖の言葉で、早貴が舞美の方を見る。

「なっきぃー、お肉はちゃんと守っといたからねー!!」

舞美が、嬉しそうに大きく手を振ってみせた。

「……舞美ちゃん、いったい何やってんの?」
「何って、なっきぃがあたしのために頑張ってたのにさあ、これくらいしなきゃ」
「それで慌てて降りてったのー?ばっかみたい」

……もう、舞美ちゃんったら、あたしがどんな気持ちでいたと思ってるんだ!
それでわざとキツイ言葉を使ったけれど、顔がにやけてしまっている気がして少し悔しい。

「いいからいいから、ここ座んな」

何も気にしていない舞美が手招きをする。
早貴が空いていた舞美の隣に座り「ハイ、これ」テーブルの上に完成した“デコ電”を置くと、

「カワイイ〜、ありがとうなっきぃ!」

舞美が満面の笑みでそれを手に取った。

「ねえ舞美ちゃん、ボンドが本格的に乾くまで、あまり乱暴に扱わないでね」
「うん、わかった!」

言ってるそばから、何でそんなにギュッと握るんだよ、もう。
それでも、嬉しそうに両手で携帯を抱える舞美を見て、早貴はやっと報われた気がした。
みんなからも「わあ、カワイイー!」「なっきぃ、上手ー!」と声が上がる。

「えへへ……ちょっと頑張ったから」

早貴が照れながら笑った。

「これでやっとすき焼きが食べれるよー」嬉しそうに言う千聖に、
「だめだよ、えりかちゃんがまだだもん」栞菜が言った。
それで早貴も(……そういえば、えりかちゃんがいないな?)と気付いた。

そのとき、

「お待たせー、ごめんね遅くなって」

えりかがキッチンへ入ってきた。
テーブルの横にきたえりかが「はい、できたよ!」手に持っていた小さな物を舞美に手渡した。
「ありがとう、えり!」自分の携帯をテーブルに置き、舞美がそれを受け取った。

「え……、それ早貴の携帯!?」

えりかから舞美に渡されたものを、横で見ていた早貴が訊いた。

「んっふっふー、じゃあこれ……はい、なっきぃに!!」

悪戯っぽく笑った舞美が、不思議な顔をしている早貴にその携帯を差し出した。
受け取った早貴が、「わあ……、何これカワイイ!!」と今度は驚きの声を上げた。
早貴に渡された携帯は、綺麗なラインストーンでカラフルにデコレーションされていた。

「……舞美ちゃん、これどうしたの!?」

顔を上げて早貴が訊いた。

「あたしがえりに頼んだの。自分で携帯用に買ったラインストーン持ってたからお礼に、ね。
 本当はあたしがやってあげたかったんだけどさ……ほらあたし下手くそじゃん?」

そう言って舞美が楽しそうに笑った。そして「ごめんね、えり、急に頼んじゃって。大変だった?」
えりかに訊くと、「全然!これ、楽しいんだから」えりかが舞美と早貴を見て微笑んだ。

「あ……ありがとう、舞美ちゃん、えりかちゃん!!」

大事そうに携帯を抱えて早貴が言った。「なっきぃー、ボンドが乾くまではそっと扱う!」
今度は舞美に言われて「あ!……えへへへ」照れて笑いながら携帯をそっとテーブルの上に置いた。

テーブルに、デコレーションされた早貴の携帯と舞美の携帯が並んだ。
「あ……」早貴が、その二つの携帯を見比べて言った。

「これ、早貴がやったやつより、えりかちゃんの方が全然上手でセンスもいい……」

早貴の顔が少し曇った。

「……ねえ舞美ちゃん。これならやっぱり舞美ちゃんの携帯デコをえりかちゃんに頼んだ方が
 よかったんじゃない?」

その言葉を、「何言ってんのー!?」と舞美が即座に否定した。

「あたしは、なっきぃがあたしのために何かをしてくれるってことが嬉しいんだから!」
「え……!?」
「それにこれ、あたしは全然気に入ってるよ?だってすっごいカワイイじゃん!!」

舞美が、嬉しそうに自分の携帯を手に取った。その笑顔に、嘘はないことが早貴にはわかる。

「えへへ……、やろ?」

お気に入りのピースサインを付けて、早貴がとびきりの笑顔を返した。
何だか、もう、最高の気分だ!
テンションの上がったなっきぃのアンテナは、再びマックスの三本に戻った。

「ねえ、このお肉高いんじゃないの?……もう、明日からしばらく粗食だからね!」

鍋の横に用意された、まだ煮込む前の赤いお肉を見つけてえりかが言った。
「まあ、今日はいいじゃん」舞美がなだめるように言うと、「……しょうがないなあ」と
えりかが笑った。その、実は満更でもなさそうな顔にみんなが微笑んだ。

「じゃあ……いただきまーす!!」手を合わせる、みんなの大きな声が重なった。
欠けることなくみんなが揃い、温かい鍋を囲む。幸せな日曜の夕げのひとときが過ぎていった。

「あー、またネギばっかり残っちゃったね……」

食事を終えて、鍋に残ったネギを見てえりか言った。すると千聖が、

「大丈夫だよ、今日はなっきぃが残ったネギを全部食べるって言ってたから」

と笑いながら言った。

「えええ!?ちっさー、それちょっとちが……」

慌てる早貴の言葉を、「……そうなんだあ、なっきぃ〜」舞美がさえぎる。
その顔には、あの“悪魔の笑み”が浮かんでいるのに気が付く。

「じゃあ、あたしが食べさせてあげる!」
「違うよ!ちょっと待って舞美ちゃ……」
「大丈夫だって。言ったでしょ?何でもガーッって一度に食べた方が美味しいんだから。
 ねえみんな、なっきぃ押さえてて!」
「よっしゃ!」

栞菜が椅子の後ろからギュッと早貴を抱きしめ、千聖とマイが楽しそうに両側から押さえる。
そして舞美が、箸で数本のネギを一気に掴んで早貴の口許へと運ぶ。
「やだやだやだ!」首を振りながら、早貴は近づく舞美の嬉しそうな顔を見て、ふと考えた。

――もしかして、この人は、あたしで遊んでるだけかもしれない……!?

「はい、なっきぃ、あーんして!」
「ちょっと待って待って待ってってば、やだやだやだやだ…………きゃあああああ!!」

開いた早貴の口に、強引にネギが押し込まれた。
なっきぃのアンテナが……、

 …………ピーピーピーピーピー…………


――電池が切れた――。

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