大きな愛でもてなして

●転校生
 矢島家の7人姉妹にとっては従兄弟(いとこ)にあたる南晴男(みなみはれお)は、
えりかと同い年の高校1年生。若干背は小さいものの、自称硬派をキメこみ、どんな
に暑かろうと学ランを脱がないという、妙なポリシーの持ち主。正義感が強く、曲が
ったことが大嫌い。とはいえ、幼少のころから密かに訓練して強くなった柔道の腕は、
人前で見せびらかすことを、かつての師範から固く禁じられている。

 さて、そんな彼が転勤族である親の都合で引っ越してきた町は、偶然にも七姉妹の
住む町と同じであった。さらに、彼が転入した学校「旧都学園(きゅうとがくえん)」
は、男女共学とはいえ、その比率が「男子1割に対して女子9割」という、事実上は
女子高に近い学校であった。「(まったく、騒がしい学校だな…)」はしゃぎながら
すれ違う女子生徒たちは、絶対的少数派の男子である晴男が通りかかるたびに、噂話
をしたり、手を振ってみたり…。なんだかバカにされているような雰囲気だった。

 転入初日。新しいクラスに行き、挨拶をして、いざ自分の席に着いたとき、その隣
に座っていたのは、5年ぶりに再会した従兄弟のえりかであった。「よっ!」「なに
っ?!」。たじろぐ晴男に対して、たいした驚きも見せず、にんまりと余裕の笑顔を
見せるえりか。なんだか先の思いやられるスタートとなった。

 「みなみはるお?」、「『ハルオ』じゃねえ!『ハレオ』だあ!」。かつての有名
人によく似た名前の晴男は、そう言われるたび、怒気を強めて訂正する。親が転勤族
ということもあって、転校した先々の学校で自分の「正しい名前」を周知徹底しなけ
ればならない。まったく面倒くさい名前を付けてくれたものだと親をうらんだことも
あったが、そのせいで彼は学校に早く、広く知られる存在になっていく。今ではそん
な恒例行事が、硬派な自分をアピールするチャンスにもなっているんだなどと、思い
直し始めてもいる。

 ところが、この学校に入ってからは…。「『はるお』じゃなくて『はれお』くんだ
よっ。私の従兄弟なの。わりとカッコいい名前でしょ?」。隣からえりかのフォロー
が入るようになってしまった。まったくいい味方というか、おせっかいというか。こ
れじゃあ自分の思い通りの「自称硬派」というアピールがしにくいではないか。

 そんなこんなで、女の園の中にあっては「自称硬派」の心意気が鈍くなってしまう、
すぐにでも転校したいと思う晴男であったが、これまた5年ぶりに再会した「あこが
れの人」であった舞美の姿を目にして、心を揺らすことになる。

●新築の家
 転校1日目の帰り、えりかを新築の自宅へ案内するといって、意気揚揚と先導する
晴男であったが、なにしろ引っ越してきたばかりの町。途中で道に迷ってしまい、さ
らには自分が極度の方向音痴であることがばれてしまう。偶然出会った舞が「新しく
できた家を知っている」ということで、連れて行ってもらうと、そこはたしかに晴男
の家であった。

 晴男の「新しい家」に興味深々で招き入れられるえりかと舞。まだ引越しの荷物は
半分も届いておらず、家の中全部に「新築のニオイ」がした。晴男の両親は、家具の
手配や手続きとかで留守にしていた。「今度、親も荷物も全部揃ったら、パーティー
に呼んでやるから」と言って、えりかたちを帰そうとしたちょうどそのとき、晴男の
ケータイが鳴る。両親が「今夜は遅くなるから、留守番をよろしく」という、かなり
能天気な要件が伝えられる。「(夕飯…どうしようか)」と内心不安になる晴男だっ
たが、ちょっとした強がりから、えりかたちをそのまま帰してしまう。

 引越しの荷物を開け、自分の部屋の整理に夢中になっていると、いつのまにか夕方
になっていた。近くのコンビニでインスタントラーメンを買い、箱から出したばかり
のヤカンで湯を沸かし、さあこれから夕食だというときに、来客のチャイムが鳴る。
ドアを開けると、舞と千聖、そして舞美が立っていた。

●ご招待
 その2時間ほど前、えりかと舞が晴男の家から帰ってくると、その「転校生」の話
で盛り上がる。そして今晩彼は一人で家にいるということを舞が思い出し、続いてえ
りかの思いつきで、矢島家の夕食に招待しようということになる。さっそく家の掃除、
買い物、食事の準備と分担して仕事を始める七姉妹。準備が整い、晴男の家に迎えに
来たのが舞美と千聖、そして道案内役の舞であった。

 突然の招待に、嬉しいものの、それを表面には出せない晴男であったが、舞美の説
得には抵抗できず、結局は招待に応じることにした。自転車で舞美の後ろに乗せられ
た晴男は、周囲の目が気になる恥ずかしさを感じながらも、すぐそばにある舞美の背
中と長い髪に、うっとりとするのであった。

 矢島家に到着すると、みんなから大歓迎を受ける晴男。さっそくリビングへと通さ
れ、5年ぶりに再会する姉妹たちからの質問攻めにあったり、逆に姉妹たちの矢継ぎ
早の近況報告の聞き役になったりと、目の回る思いをする。「(まったく、なんて騒
がしい家なんだ…。それに、女って、うぜぇ…)」。晴男が困ったように愛想笑いを
していると、その騒ぎを遮るように「ごはんできたよー」というえりかの声が、キッ
チンから聞こえてきた。「はーい!」姉妹たちはそれを合図にパッと散り、またたく
まにテーブルの上が整った。

●チャーハン!チャーハン!チャーハン!
 今夜のメニューは「三色チャーハン」。大げさにフタのついた大皿(料理番組でよ
く見るアレ)が3つ、テーブルの上に載っている。まずひとつめの皿は、「卵チャー
ハン」。オーソドックスながらも、卵を多めに、そしてしっかりと味付けされたチャ
ーハンに、晴男は「こんなの初めて食ったんじゃねえ?!」と驚きを見せる。ふたつ
めの皿は「キムチチャーハン」。これもまたうまかった。

 そして、3つめの皿のふたを開けようとしたとき、なぜか晴男の両サイドには栞菜
と千聖が、背後には舞美が近づいてきた。「(なんだろう?)」と思いながら、期待
に目を輝かせていると、えりかが「せーの!」の掛け声とともにフタを開ける。そこ
に現れたのは「納豆チャーハン」。少なくとも5年前の晴男は、納豆が大嫌いで、え
りかはそのことを覚えていたのだった。

 「ギャーッ!」という悲鳴とともに、その場を逃れようとした晴男だったが、両腕
を栞菜と千聖につかまれ、両肩を背後から舞美にしっかりと押さえつけられ、身動き
ができなかった。「(ハメられたっ!)」納豆独特のニオイにむせぶ晴男。半分涙目
になってきた。「な、納豆なんて、とうの昔に食えるようになってんだからな!」。
強がってはみるものの、時すでに遅し。

 「大丈夫、えりかちゃんの作った『納豆チャーハン』は、本当においしいんだか
ら」。茶目っ気たっぷりの笑顔で、愛理がそれを一口すくったスプーンを、晴男の口
に近づける。「や、やめろお…、こ、殺す気かぁ…」。生気を失っていく晴男。目を
つぶっても抵抗にはならず、無理やり口に入れられた「食べ物」の味を、おそるおそ
る確かめる。

 「お、おいしい…」。5年来、いやもっとそれ以上に長い間「食わず嫌い」だった
納豆の味が、こんなにもおいしいものに変化するとは。ただ呆然としながらそれを噛
みしめ、やがてゴクリと飲み込む。「うまいいいい!」。叫ぶや否や、愛理に渡され
たスプーンを奪い取り、大皿から直接かきこむ晴男であった。「は〜、食った食った
ぁ」。えりかが晴男の分も考えて、普段よりもさらに多く作ったメニューだったが、
結局晴男はすべて平らげてしまった。

●満腹のあと
 「さあ、今度は何して遊ぼうかあ?!」。「あ、遊ぶぅ?!」。満腹で動けない晴
男に、すっかりなついた千聖と舞が、遠慮なくドロップキックやら腕十字やらをかま
しながらねだる。「ちょ、おまっ!、逆流するから!、もう少しおとなしい遊びにし
てくれ!」。完全に七姉妹のペースに引き込まれてしまった晴男。舞、千聖、愛理と
ゲームの「ジェンガ」で負け、栞菜、早貴とトランプの「スピード」で負け、えりか
とは「マリオカート」で負けた。

 とりわけ舞美に腕相撲で負けたのは悔しかった。やる気十分の舞美に対して、万に
ひとつも負けはないと豪語しながら、対戦相手が「あこがれの人」であることを意識
してしまった、その一瞬の隙を突かれた。「集中力を欠いていた」と言い訳してみて
も空しく、下の子たちの嘲笑の集中砲火を浴びることとなった。「<一瞬の隙が、勝
敗を決める>」。晴男が長年特訓を積んできた柔道においても、それは当たり前に重
要な言葉だ。そんなことを頭の中で反芻するうちに、晴男はズンズンと重く沈んでい
くのであった。

 「お茶にしましょう!」「はーい」。えりかが明るく声をかけたが、晴男だけは落
ち込んだままだった。「どうしたの?、またリベンジすればいいんじゃない?」舞美
も優しく声をかけたが「うるせぇ、この気持ち、分かってたまるか」。力なく答える
だけだった。晴男はゆっくりと立ち上がり、意を決したように言い放った。「おまえ
らなあ!、覚えてろよ!、ジェンガも、スピードも、マリオカートも、腕相撲だって、
今度はぜってー勝ってやるからな!」、そして玄関へと出て行く。「どうしたの?、
あ、家まで送るよ?」えりかが心配そうに追いかける。晴男は目を伏せたまま「ひと
りで帰れる。っていうか、ひとりにしてくれ。それと、チャーハン、うまかった」。
それだけ言って、矢島家をあとにした。

 「行っちゃった…」「まあいいんじゃない?、またきっとリベンジに来るよ」「そ
うだよねえ?、こんな勝負なんてたいしたことないのに、なんであんなに落ち込んじ
ゃったんだろう?」口々に不思議がりながらも「晴男君、面白かったねえ」と笑う矢
島家の面々。「あれ?、晴男君って、方向音痴…、じゃなかったっけ?」。舞が思い
出す。「うそ!、だって自転車で連れてきたじゃん、ウチ!」舞美がさらに思い出す。
「え?!、それじゃあアイツ、絶対道わかんないよ!。たぶん!」えりかが追い討ち
をかける。そして矢島家七姉妹は全員で晴男の捜索活動を開始することになる。

 案の定、晴男は道に迷っていた。遠くで消防車のサイレンの音がする。「(まった
く、なんて騒がしい町なんだ…)」。騒がしい学校に、騒がしい家族に、騒がしい街。
ひとりっこの晴男にとっては、まだ慣れない世界が、とてもうっとおしい世界に思え
てしょうがなかった。

 不意にケータイが鳴り、電話の向こうで、酔った声の両親が楽しそうに「今日は帰
れなくなった」と告げる。晴男の心はますます暗くなる。「夕食は、ちゃんと食べた
の?」問い掛けられ、そっけなく「ああ、大丈夫だよ。じゃあね」とだけ言って電話
を切った。見たことのない暗い景色の中を歩きながら、妙な孤独感を感じていた。
「(あれ?、オレ、ヤカンの火、消したっけ?!)」。急に不安になり、サイレンが
向かった方向へと走る。

●孤独と不安
 「「あっ!」」。晴男を探して自転車で駆けつけたえりかと、サイレンの行方を追
って走ってきた晴男が同時に見たのは、炎に包まれて燃え盛っている「新しい家」だ
った。自失呆然となる晴男を、えりかは駆け寄って思わず抱きしめた。そうしながら
も、二人は焼け落ちていく家から目を離せなかった。

 舞美や、他の妹たちが駆けつけたとき、その家は大量の水と煙の中で、すっかり形
を失っていた。「家が…」。引っ越してきたばかりで、まだ愛着すらない家であった
が、その中に入っていた自分の部屋や持ち物、それに関わる思い出を失ったこと。そ
して自分の責任で火事になってしまったこと…。晴男は取り返しのつかない、悔やん
でも悔やみきれない思いの重圧に、押しつぶされそうになった。

 「この家の人ですか?」早貴に連れられて来た消防士さんが、声をかけてきた。消
火活動を終えて、ヘルメットをとった頭には、汗と湯気が立ち込め、銀色の防護服は
ずぶ濡れになっていた。晴男は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら「はい」と
答えた。「この家の家族構成は?」「ボクと…両親です」「ご両親は?」「今は、出
かけています」「連絡はした?」「いえ、まだです」「そうすると、中には誰も居な
かったんだね?」「はい」「じゃあ大丈夫だね、現場検証はこれからだけど、どうや
ら放火らしいんだ」。

 「放火?!」晴男はびっくりして消防士さんの顔を見上げた。「裏のゴミ捨て場が
燃えているのを目撃した人がいてね、すぐに通報されたんだけど、火はあっという間
に燃え広がってね、どうやらガソリンのようなものを撒いたらしい」消防士さんの話
はそれっきりだったけど、晴男はほんのちょっとだけ救われたような気もした。「で
も、なんで…」。少なくとも、火事は自分のせいではないと分かったが、放火される
ような理由があるのだろうか?…。今度は別の考えで頭が混乱した。

 「おっと!」晴男はあわててポケットからケータイを取り出した。消防士さんに聞
かれるまで、親にこの緊急事態を伝えることをすっかり忘れていた。しかし、何度か
けても、父親と母親どちらにかけても通じなかった。「(チキショウ。こんなときに
なんで酔っ払ってんだ、あのバカ夫婦は…)」


 「どうしたの?、お父さん、連絡付かないの?」えりかが話しかけてきたが、晴男
はイライラを募らせながら、必死に電話をかけなおし続けていた。やがて電話の向こ
うで反応があった。「<現在この電話は、電源が入っていないか、電波の…>」。
「チッキショウ!、電源切りやがった!!」。思わずケータイを地面に叩きつけよう
としたとき、えりかがすかさずその手をとめた。「電話のせいじゃないでしょ」。え
りかは泣きそうな顔になって、まっすぐに晴男の顔を見つめた。

●なにもかも
 「晴男君、今夜は、ウチに泊まろうか?」舞美が優しく、落ち着いた声で話しかけ
てきた。晴男はハッと我に返り、再び全焼した家を見て、そして振り返って舞美の顔
を見上げた。一瞬の沈黙のあと「…申し訳ないけど…、そうさせて…、ください」。
深々と頭を下げた。

 「晴男…くん?」頭を下げたままで、いっこうに起き上がろうとしない晴男に、え
りかが心配そうに声をかける。やがて地面に大粒の涙が、ポタポタと落ち始めた。
「ズダボロだぁ…。女に負けて、道に迷って、家が火事になって、なーんにもなくな
って、親もいない。プライドもなんもなくなった。ズダズダの、ボロボロだぁ」うつ
むいたままの晴男の周りを、七人の姉妹たちが、黙ったままで取り囲んだ。

 「ねえ!」やがてえりかが、とびっきり大きな明るい声で晴男の肩を抱え上げた。
「晴男君がいるじゃない?!」。「…」晴男はえりかと目を合わせられなかった。
「私の知っている晴男君は、こんな男じゃなかったよ?!」。「え?」。「そうね、
晴男君は、いつでも元気な子だったはず」舞美がハンカチを差し出しながら言った。
「晴男くん、へこたれるの、嫌いでしょ?!」早貴が笑いながら言った。「晴男兄ち
ゃん、リベンジするんでしょ?!」栞菜がぴょんぴょんと跳ねながら言った。「そう
だ、プロレスも教えてよ!」千聖はガッツポーズをしながら言った。「そう!、プロ
レスプロレス!」舞も千聖に続いた。

 「そう…、やな…」。家も部屋も、道具も、ついでにプライドもなくなってしまっ
たけど、まだここに自分の命がある。親にはなんだか見離されてしまったような感が
アリアリだけど、こうしてラッキーにも従兄弟たちに会えた。そして、今晩とりあえ
ず寝る場所も…ある。

●寝る場所
 警察の人から、明日になったら事情聴取をするから、と伝えられ、両親のケータイ
番号も教えた。

 とりあえず今晩は、矢島家に泊まることになった晴男。一番最初にシャワーを浴び
て、出てくると、リビングにふとんが敷かれていた。「ごめんね、ここしかあいてる
部屋ないんだ」「全然かまわないよ。このソファでだって十分なくらいだ」「今日は
いろいろあったね。疲れたでしょ」「ああ、わりいな、迷惑かけて」「なに言ってん
のよ、イトコでしょっ!」「フアァ…」思わずあくびが出てしまった。「じゃあね、
オヤスミッ!」。えりかはそう言ってリビングを出て行った。

 照明を消して、布団に入る。リビングのまんなかに、一人。だけどなんだか、この
家はあたたかい。さっきまで7人の女どもが、わぁわぁぎゃあぎゃあと襲い掛かって
きていた。そんな若干デフォルメされた光景を、頭の中で思い返していた。「うまか
ったなあ、チャーハン…」。

 「(ごはんですよー)」えりかの声を思い出す。あの掛け声のような、ワクワクす
るような、一瞬の気持ち。もうずいぶんと経験していなかったような、懐かしい気持
ち…。そんなことを考えていたら、自然と涙が出てきた。「へっ!、バッカでぇ…」
目をつぶったまま、わざと声に出して、独り言を言った。晴男はいつのまにか、眠り
についていた。

おしまい
C-ute 7 Sisters Log Page Project
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