季節がめぐるように・・・
春・・・新しい季節の訪れを告げる時期
満開の桜はまるで私達の新学期を祝福するように咲き誇る
「なっきぃ、急がないと遅刻するよ」
栞菜が私の袖を引っ張りながら急かす
「もぉ、栞菜そんなに急がなくても大丈夫だよ」
通学路に咲く桜に感慨を巡らしながら私は答えた
(栞菜ももう中学生かぁ・・・)
一つ年下だけど自分より幾分大人びた少女を見つめる
「そうだ、栞菜どっちが先に彼氏が出来るか競争しよっか?」
冗談半分に出た言葉
「負けないかんな」
そんな言葉にむきになって答える栞菜が可愛かった

校門前につく頃には始業時刻の数分前になっていた
「ほら、なっきぃ、ギリギリだったじゃない」
栞菜は駆け足で校門を駆け抜けた
「そんな、急がなくても」
口をついて出かかっかた言葉を飲み込む
通学用のバッグにいつもつけているストラップがなかった
舞美ちゃんから貰った少し大きめのストラップ。
「どっかで落としたのかなぁ、舞美ちゃんに何て謝ろう」
キーンコンカーンコン
始業時刻を告げるベルにうながされ私は教室に駆け込んだ


その日の授業にはまったく身が入らなかった
と言っても歴史以外の五教科はもともと苦手だけど・・・
「ハイ。本日はここまで。みんな気を付けて帰るように」
担任の先生の声をかわきりに教室に一気に喧騒が訪れた
私はストラップの事が気になり急いで教室を飛び出した
ドンッ
「痛いっ」
慌て過ぎたせいか何かにぶつかりしりもちをつく
「なかさきちゃん大丈夫?」
幼馴染みの熊井君だった

熊井君だけが私の事をなかさきちゃんと呼ぶ
泣き虫だった私をいつも慰めてくれた「泣かないで早貴ちゃん」と言う言葉
何百回と繰り返された言葉はいつしか短くなり「今日からなかさきちゃんって呼ぶね。
早貴ちゃんが泣かないように」そういって熊井君は無邪気に笑っていた
「もぅ、恥ずかしいケロ」
照れながらもなんか嬉しかった

「なかさきちゃん?」
私がそんな回想をしている間、反応がない事を心配したのか熊井君が
体を屈め私の顔を覗きこんだ
はっと気が付いた時にはすぐ目の前に熊井君の顔があった
「だ・大丈夫ケロ」
すぐに目をそらし立ち上がる
「あんなに急いでたら危ないよ」
熊井君が諭すように語りかける
「ごめんね、大事なストラップ無くしちゃって今から探そうと・・・」
私の言葉も終わらないうちに熊井君はポケットから何かを取り出した
「これの事?校門前に落ちてたよ」
「それだー、ありがとう」
ストラップが見つかった嬉しさに今にも踊りだしたい気分だった


「なっきぃ、ここに居たんだ。一緒に帰ろうよ」
栞菜が勢いよく駆け込んでくる
「熊井君も居たんだ、どう、熊井君も一緒に帰る?」
栞菜は熊井君の姿を認めるとそう問いかけた
「ごめん。部活があるし今日は無理だよ」
彼はその身長を活かしバスケ部で活躍していた。噂では取り巻きの女の子達もいるらしい
「いいじゃん、今日ぐらいさぼっても。ねぇ、なっきぃ」
そう言って私に笑いかける栞菜
「もう、熊井君困らせちゃだめだよ。ほら、帰ろうよ、栞菜」
栞菜の手を引いて、廊下を歩く
(バイバイ言うの忘れちゃったな)
そう思い振り返ると苦笑いしながら手を振る熊井君がいた


帰り道、妙にはしゃいだ栞菜がしゃべり続ける
「熊井君っていいよね。かっこいいし、やさしいし背も高い
完璧じゃん。うん、完璧」
自分の言葉を何度も頷きながら自ら肯定する栞菜
「そうかなぁ、別に普通だよ」
「なっきぃは仲良過ぎて分らないんだよ。完璧だよ、理想」
何が嬉しいのか嬉々として話し続ける栞菜にあいまいな相槌を打ちながら
家路を急ぐ
(熊井君か、確かに良い人だけど・・・)
自分の本心を掴めないままに、私の思考はそこで強制的にストップした
「なっきぃ、栞菜手伝ってよー」
遠くから私達を呼ぶ声
「あー、えりかちゃんだよ。」
そう言って、栞菜の指差す先には両手いっぱいにスーパーの袋を抱えた
えりかちゃんが居た
「キュフフ、えりかちゃん、何買ったらそんな量になるの」
幾ら七人分とはいえ想像を絶するその量にもはや笑うしかなかった
「だってー、冷凍枝豆がすごい安かったんだよ。買わなきゃ損じゃん」
「物には限度があるでしょ。どうするのその大量の枝豆」
「どうするって、食べるよ普通に」
「普通に食べれる量じゃないでしょ」
頭が痛い。えりかちゃんは中身はほんと子供でたまに疲れる
「いいじゃん、とにかく三人で手分けして運ぼう」
栞菜の言葉に促されそれぞれ荷物を抱える
(あーあ、これじゃ当分食事のメインは枝豆だな)
そんな言葉が喉まででかかった
「やっぱ枝豆だね、枝豆さいこー」
「そうだかんなー」
「おつかんなー」
えりかちゃんと栞菜はよく分らないテンションで何時までもはしゃいでいた


ジリリリリ……
矢島家で最も早起きな目覚ましが鳴り響く
「う〜ん」
私は枕元においてある眼鏡に手を伸ばす
ジリリリリ…尚も自己の勤めを果たそうとする
目覚ましに本日の勤務終了を知らせる
「ごくろうさま」
私は目覚ましに優しく手を置いた
「さあ、みんなの朝食作らなきゃ」
まだ眠気の残る頭に気合いを入れる
矢島家では調理関係は全て私の担当だった
舞美ちゃんは大ざっぱ過ぎてダメダメだし
えりかちゃんに至っては、包丁で間違って指を切ったぐらいで
「舞美、死んじゃうよ、舞美」って泣きながら大騒ぎ
栞菜は興味無い事にはまったく無関心だし
かろうじて愛理が戦力になる程度
下の2人はまぁねぇ…
かくして矢島家の台所は私が預かる事に
満場一致で決定したのである
トントントントントン
包丁は今日も軽快なリズムで野菜を刻んで行く

「おはよー、なっきぃ」
普段早起きなんてしない声の主に幾分驚き
「おはよー、栞菜。今日は早いね。どうしたの」
そう問いかける
「何言ってんの。今日はバスケ部の春季大会の日だよ。熊井君の
応援だよ。お・う・え・ん」
「そう言えば、今日だったね。」
「なっきぃ行かないの?」
「うーん、辞めとく。栞菜、私の分も応援しといて」
「ふーん。そうなんだー」
栞菜との会話もそこそこに私は朝食の準備を進めていく


その日栞菜はとても悲しそうな顔で帰ってきた
「熊井君達負けちゃったよ。みんなあんなに頑張ってたのに」
今にもこぼれそうな涙を堪えながら栞菜が言う
「しょうがないよ。相手だって頑張ってるんだから」
えりかちゃんがやさしく栞菜を諭す
「なっきぃ、熊井君泣いてたんだよ。すごい悔しそうな顔して」
その言葉にはっとする私
いつも私を慰めてくれた熊井君。今度は私が、そんな気持ちが込み上げる
「泣いてたんだ・・・。」
だれに聞かせるでもなくそんな言葉がこぼれ出た

「ただいまー、って何か空気重ーぃ」
「ほら、みんなどうした。おなか空いてるの?とか言って」
「どーして、こんなに空気重いの。ねぇどーして」
「舞美ちゃん、愛理浮いてるよ」
「よかった、みんなお帰り。遅かったね」
場の空気に耐えられず、オロオロとおやつの枝豆をぱくついていたえりかちゃんが
ここぞとばかりに口を開く
「ほんと楽しかったよ、舞なんてさー」
舞美ちゃんの言葉をかわきりに矢島家にいつもの明るさが舞戻る
姉妹の賑やかな笑い声が部屋中にこだました

それから何日か過ぎた放課後の帰り道
栞菜は何時もと変わらず普通に接してくる
私はなぜか気後れしてしまい、相槌を打つのみだった
「なっきぃ、聞いてる。それで今日の宿題がね」
「宿題。あっ、プリント教室に忘れちゃった」
私は学校に戻るため来た道をかけ戻る
「栞菜、先に帰ってて」

教室の扉を開く。窓から指す夕日で教室は赤く染まっていた
自分の机に向かい素早くプリントを取り出す
「なかさきちゃん」
不意にかけられた声に慌てて振り返る
「熊井君どうしたの」
放課後の教室に二人だけ。その状況に夕日が照らす以上に
頬が赤くなっているのを感じる
「さっき、教室に入っていくのが見えて・・・。ちょうどなかさきちゃんに
話したい事もあったし」
「話したい事?」
「うん。僕ほんとはね、ずっとなかさきちゃんの事」
ガタッ
扉の方から何かが落ちる音が聞こえる
「栞菜、もしかして聞いてた」
入り口に立ちつくす栞菜を認め慌ててかけ寄る
「何にも聞いてないよ。聞いてなんか…」
そう言って走り去る栞菜
「なかさきちゃん・・・」
「ごめん、今のは聞かなかったことにする。今の私じゃ何も応えられないよ」
そう、後悔はない。私は走り去った栞菜の後を追いかけた

「なっきぃ、起きてる?」
ドア越しに聞こえる声にそっと身を起こす
「起きてるよ。栞菜どうしたの、もう遅いし早く寝ないと」
「うん、わかってる。でもなっきぃに話したい事があるんだ」
「なに?」
「入ってもいいかな」
「うん、いいよ。」
そう答えると静かにドアが開き、何かを決意したような栞菜の顔が
月光に照らされた
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
沈黙、かすかに聞こえる虫の声が夏がもう近いのを知らせる
「あのさ、私・・・」
「うん」
ためらいがちに発せられた栞菜の言葉に相槌を打つ
「私、熊井君の事好きみたい」
一瞬栞菜の言葉が理解できず、息が止まる
「なんで、私にそんなこと言うの」
なぜか、語気が強まる
「なっきぃ、熊井君と仲いいし。熊井君も多分なっきぃの事…」
「そんな事」
私の言葉を栞菜が遮る
「ごめんね。こんな話して。でも、なっきぃにはちゃんと話しときたかったんだ」
そう言うと「お休み」の言葉だけ残して部屋を去る栞菜

「そんな事、わざわざ言われても私は」
私の熊井君への想い。それは・・・
栞菜が居た辺りを見つめ虚空にそう返した


私は通学路を駆け抜ける
栞菜の姿を見落とさないよう周囲に視線を巡らせながら
呼吸が苦しい
でもそれ以上に胸が苦しい
(熊井君の事?栞菜の事?)
そんな疑問が去来する
ポツポツ
さっきまで雲一つなかった空から小さな滴が落ちてきた
私にはそれがまるで栞菜の涙のようで辛かった


「栞菜、大丈夫かな」
えりかちゃんが心配そうに玄関を見つめる
「大丈夫だよ、えり。もう少ししたらケロっとして帰ってくるよ」
舞美ちゃんもそう言いながら落ち着きなく窓と玄関を見渡す

降りだした雨はまるで春の終わりを告げるように何時までも降り続いける
私は一人探し続けた。いつ栞菜が帰ってきてもいいように皆を家において
もうどのくらい歩いただろう。心当たりの場所をすべて探し終え私はその場に座り込む
服は十分すぎるほど雨を吸い込み体が重い
「栞菜、どこに居るの」
少しこぼれた涙を雨が洗い流す
ふと目をやった時計の針はちょうど新しい1日の訪れを告げようとしていた


愛理は窓の外を見つめていた
雨のせいでくせの出始めた髪をなでながら
窓の外、幾分弱まり始めた雨のなか寄り添い歩く見覚えのある人影を見つけ
部屋を飛び出し、階段を駆け降りる
「二人が帰ってきたよ。みんな、早く」
今までの不安が嘘のように消えてゆく
ほかの姉妹にも笑顔が戻る

ガチャ
玄関のドアを開ける
「ごめんなさい・・・。」
うつむきがちに栞菜が口を開く
「もー、心配かけて。後でお仕置きだよ。とか言って」
「舞美怖ーい」
舞美ちゃんの一言に両手を口の前で合せ怖がる仕草をするえりかちゃん
そんな二人のやりとりに誰からでもなく笑い声が発せられる
『フフフフフ』
「怖ーい」
「えりかちゃん、何かオバさんっぽい」
「えー、なんでー」
膨れっ面をするえりかちゃんにまた笑いを誘われる

雨があがる
幾つかのわだかまりを洗い流して・・・

「もうすぐ、夏だね」
舞ちゃんの言葉が耳に残った

大粒の雨は粗末な作りのバス停の屋根を激しく打ちつける
人通りもまばらになり雨音だけがこだまする
「栞菜、やっと見つけた」
独りベンチに腰かける栞菜の姿を認め安堵が広がる
「なっきぃ・・・。」
「ほら、帰ろう。みんな心配してるよ」
栞菜の隣に腰かけ語りかける
「栞菜らしくないよ。そうやって、うつむいて下ばかりみて」
「だって、それは」
「どんなときも、負けず嫌いで前向きなのが栞菜でしょ」
「そんな、そんな勝手な事言わないで。なっきぃにはわからないよ。私がどれだけ・・・」
「うん。わかんないよ。だけど、こんなの違うよ」
しっかり栞菜の瞳を見据える
「約束したよね、どっちが先に彼氏できるか競争するって。まだ決着ついてないよ」
「・・・・・」
「終わってもないのに負けを認めるの?」
「終わってない?」
「そうだよ、ほら立って。もう遅いし帰ろ」
栞菜の手を引き家路を急ぐ
あんなに激しかった雨は何時しか雨脚を弱めた
「栞菜おなか空いてない?」
「うん」
私は黙ってポケットの中のものを差し出す
「なっきぃ、ミカン好きだね。ってか、ポケットから出すのおかしくない?」
「キュフフ」

ミーンミーンミーン
セミの声がけたたましく響き渡る
「なっきぃ、ちょっと派手じゃない?」
鏡に向かいいつもより派手目にメイクする私を栞菜が茶化す
「せっかくの花火だし今日ぐらい良いじゃん」
舞ちゃんがすかさずフォローを入れた
その後の「でもちょっと派手すぎ」は聞かなかったことにした

「ほらー、みんな行くよー」
舞美ちゃんが慌ただしくみんなを急かす
「おいてくよー」
甚平姿のえりかちゃんも隣で声を挙げた
『はーい』
私たちは声をそろえ二人に答えた

色とりどりの花火が空を明るく染める
「きれー」
「すごーい」
姉妹たちは口々に感嘆の声を漏らす

私はみんなの輪を離れ独り歩き出す
小さい頃からのお気に入りの場所
花火のよく見えるその場所を目指し歩みを進める

「なかさきちゃん、やっぱり来たね」
「熊井君」
花火を打ち上げるけたたましい音が胸を揺さぶる
「僕ね、転校する事になったんだ」
聞こえない。違う、聞きたくない
「えっ」
動揺のあまり言葉が出ない
「急に、親の転勤が決まって。それについて行く事にしたんだ」
「うん」
「それで、どうしてもなかさきちゃんだけには伝えたくて」
「そんなこと、言われたって何も」
「わかってるよ。何も言わなくていい。話せて良かった」
熊井君は最後に微笑むと手を振りながら去っていった

私はこぼれ出そうになる涙を必至で堪えた
熊井君に心配をかけないように
それでも溢れる涙に思わず空を見上げる

涙でにじんだ空に打ちあがる花火はまるで万境鏡を覗いた様で
綺麗だった

最後の花火の火花が消える
祭りの後・・・
さみしさにも似た感情が込み上げる
「やっぱりここにいた」
「捜したんだかんな」
栞菜、舞ちゃん、千聖、愛理、えりかちゃん、舞美ちゃん。大切な家族
季節がめぐるように私たちは数々の出会いと別れをを繰り返す
でも、もう私は泣かない。みんながいるから
そして、どこかで私を励ましてくれる「なかさきちゃん」の声が聞こえるから

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