夏の夜の怪
●AM05:00

 「とうとう朝になっちゃったね…」

 頭にタオルを巻き、サングラスで「武装」した舞ちゃんが、すっかり明るくなった
外を見つめながらそういった。

 「疲れたね…」

 両手に「武器」を持った千聖が、ソファに身を投げ出し、天井を見上げながらそう
いった。

 「まだまだ、本当の戦いはこれからよ…」

 えりかちゃんもやはりタオルを頭に巻き、「武器」をしっかりと手に構えながらそ
ういった。でも、その目はまだギラギラと緊張していて、部屋の中をじっくりと見回
しているのであった。

 戦いに疲れた「戦士」、舞美ちゃんと栞菜は、部屋の真ん中にぐったりと横になっ
て眠っている。私と愛理は、その二人を守るようにして、やはり部屋の真ん中で、周
囲を警戒しながらおびえているのであった。

 今思えばその戦いは、さかのぼること12時間前、昨日の夕方から始まって
いたんだ…。

●PM05:00

 「ただいま〜。なにあのゴミ袋?」
 「表のヤツ?。あれね〜、おとなりさんも知らないんだってさあ。『不法投棄』
  だよ『不法投棄』」

 千聖が家に帰ってくるときに目撃したのは、前の通りに面したところに「不法投棄」
されていた、3つの白いゴミ袋だった。いったい誰が捨てたのか分からないのだけど、
緑色の垣根のところにドンと置かれた白い物体は、周囲に溶け込むことがなくて、目
立つ目立つ。

 「『訃報と、ウキ』?」
 「『フ・ホ・ウ・ト・ウ・キ』、ルールを守らずにゴミを捨てるってこと。まった
  く、昼間っからヒトの家の前にドカンと3袋も捨ててくなんて、ヒドイよね。世
  の中すさんでるよ」

 キッチンに駆け込んできた千聖に、えりかちゃんは夕食の支度をしながらそう答え
た。

 「なんだろね?。あれ」
 「分かんない。中身が見えないし、開ける勇気もないし」
 「開けてもいい?」
 「ダ〜メ。やめようよ。生ゴミだったら、それに腐ってたりしたら、ものすごく
  クサそうじゃん?」
 「そうだね〜。今日も暑いしね」

 千聖は汚れた靴下を脱ぎながら、キッチンを見回した。えりかちゃんは手際よく料
理を盛り付けている。

 「なにかお手伝いする?」
 「そろそろできあがるから、食器運んでくれる?」
 「アイアイサー!」
 「おっと、その前にちゃんと手は洗ってね」
 「それは分かってますってばぁ、奥さん」
 「『奥さん』いうな!」

 どこでどう仕入れてくるのかは分からないけど(いや、ほとんどはテレビかな)、
最近の千聖は会話の中にいろいろと小ネタを挟んでくる。うかつに聞き流したりす
ると、それをまたネタにされてしまったりするから、まったく油断がならないんだ
な。

●PM06:00

 「「「「「「「いっただっきま〜す!」」」」」」」

 今日は久しぶりに全員集合で夕食を囲むことになった我が家。えりかちゃん特製の
オリジナルメニューは「うなぎ入りゴーヤチャンプルー丼」。なんとも夏本番のイメ
ージにぴったりの料理。そしてこれがまたおいしい。

 「お〜いし〜い!。な〜んでこんなにおいしいんだろうね?」
 「舞美に『おいしい』って言わせるために作ってるからだよ」
 「そっ?!、う〜れし〜い!」

 なんでこの「姉2人」は、こういう場面でノロケるかなあ、毎度のことだけど。
舞美ちゃんの天然とえりかちゃんのギャグの、タイミングというか「かみ合わせの絶
妙さ」には、いっつも感心してしまう。ただ、季節的にそういう会話は、そろそろ
「暑苦しくなってきている」のも事実。

 「表のゴミ袋、どうするの?」
 「いきなりゴミの話かいな(笑)」

 千聖はどうやら「不法投棄」のことが気になって仕方ないらしい。

 「明日、おとなりさんがゴミ捨て場に捨ててくれるってさ」
 「おとなりって、山寺さん?」
 「さっすがやまちゃん!」
 「『やまちゃん』とか言わない。ちゃんと『山寺さん』って言わなきゃ」
 「いいじゃん『やまちゃん』なんだから」
 「舞ちゃん、誰でも友達ペースだからなあ」

 舞ちゃんは、老若男女、動植物の種類を問わず、誰とでも友達になれてしまうとい
う「特技」の持ち主。だから誰に対しても、基本的には「タメ口」で話してしまう。
本人とその人の間だけならいいんだけど、家族が居合わせているときなんかは、妙に
気を使ってしまうということが結構あるので、ちょっとばかり「こまったちゃん」で
もあるのだ。

●PM07:00

 夕食が終わり、みんなが一段落しているころ…。

 <ピンポーン>

 「あれ?、だれだろ?」
 「はーい!、どちら様でしょう?」
 「山寺で〜す」
 「あ!、やまちゃんだ〜!」

 おとなりの山寺さんが訪ねてきた。舞美ちゃんが応対に出ようとしたけど、玄関の
ドアをあけたのは、「やまちゃん」の声を聞きつけて駆け込んできた舞ちゃんだった。

 「よっ、舞ちゃん、こんばんわ」
 「こんばんわ〜、やまちゃんど〜したの〜?」
 「こんばんわ、山寺さん。いつも舞がお世話になってます」
 「いえいえ、いつも舞ちゃんには『遊んでもらって』ますから。こちらこそお世話
  になってますよ。今日は親戚からスイカが送られてきたんでね、片付けるのを手
  伝ってもらおうかと思って。ほらコレ、お・す・そ・わ・け」
 「うわっ!、でっかい!、コレ、まるまる1個?」
 「そう、ウチにはまだこれとおんなじのが3個もあるからね。とうていウチだけで
  は片付けられないよ」
 「すごーい、でっか〜い、重〜い」
 「いつもありがとうございます」
 「あ、そうそう、表のゴミは、明日の朝片付けておくからね」
 「すみません、よろしくお願いします」
 「ぐあ〜、重い〜」

 舞美ちゃんはスイカを抱えている舞ちゃんの頭をおさえて、一緒にお礼をした。
強制的にお礼をさせられた舞ちゃんはバランスを崩してしまい、玄関から落ちそうに
なった。

 「おっとっと…」
 「舞ちゃんあぶないよっ…と!」

 すかさず舞美ちゃんは、舞ちゃんをスイカごとひょいと抱えあげて、もう一度山寺
さんにペコリと頭を下げた。

 「ありがとうございます、みんなでおいしくいただきます」
 「おっ、すごいな。舞美ちゃんはすごい力持ちだなあ。それじゃ、またね」
 「ばいば〜い!」
 「ありがとうございました」

 舞ちゃんは舞美ちゃんに抱き上げられたままで手を振った。山寺さんは苦笑いしな
がらドアを閉めた。

 「みんな〜、山寺さんからスイカもらったよ〜」

 舞美ちゃんが舞ちゃんを、舞ちゃんが大きなスイカを抱きかかえてリビングに
帰ってきた。

 「うわ〜、すっご〜い、でっかいね〜」
 「こんなでっかいの、初めてじゃない?」
 「おいしそ〜。でもさっきデザート食べたばっかだもんね〜」
 「冷蔵庫で冷やして、もう少ししてから食べようか」
 「そうだね、そうしよう。冷蔵庫に入るかなあ」
 「半分に切っちゃおうか」
 「わたし切りた〜い」
 「わたしも〜!」
 「はいはい、ちょいまちちょいまち」

 スイカはリビングからキッチンへと、みんなの手で運ばれて、そこで半分になり、
無事、冷蔵庫に収まった。

●PM08:00

 「ね、ね、花火しようよ花火!」
 「あれ?、今年まだ買ってないよ花火」
 「去年のヤツ残ってなかったっけ?」
 「天井裏に入れといたような気がする」
 「探してくる!」

 ウチは天井裏が倉庫になっていて、季節ものの遊び道具とか、めったに使わないも
のを、みんなそこに置いてある。そこから、千聖が「花火」と書かれたダンボール箱
を持ってきた。

 「あったあった!…って、線香花火しかないや…」
 「ははは、あるだけいいじゃん!、明日ちゃんとしたの買ってくるから、今日はコ
  レでいいんじゃない?」
 「何本あるう?」
 「んーとね。ありゃ、ずいぶんいっぱいあるわ」
 「よーし!、豪勢に線香花火だ」
 「『豪勢に線香花火』って、なんかヘン(笑)」

 みんなで庭に出て、今年初の「我が家の花火大会」は、線香花火オンリーという、
ささやかな幕開け。

 「がんばれがんばれ、落ちるな〜!」
 「両手持ち〜。なっきー、火つけてぇ」
 「ホラ、ホラ、グラサンかけると火しか見えないよ!」
 「あ、消えちゃった…」
 「火がつかないよ〜。あれ?、コレさかさま?」
 「お、おちる〜おちる〜!、落ちた…」
 「イエーイ!、わたしの勝ち〜!」
 「愛理くっつけないで!、あーほら落ちた〜」
 「こうやっていっぺんにつけると『豪勢』だよ」
 「でも線香花火なんだよ(笑)」
 「こうやって、歩いてみる」
 「おー、すごい舞美ちゃん。私もやってみる!」

 千聖が線香花火を持ちながら、ソロリソロリと表の通りの方へ向かって歩いていく
と、突然「ガサガサッ!」という物音がした。

 「うわっ!」
 「なに?」
 「どした?」
 「だれ?、だれかいるん?」

 音がしたのは、さっきの「不法投棄」されたゴミ袋の置かれているあたりだった。
千聖がそこを覗き込むと、一匹のネコが、振り向いてこっちをじっと見ている。

 「んーとね、ネコみたい」
 「あー、さっきのゴミ、あさってたんじゃない?」
 「ゴミ袋、やぶかれちゃったかなあ?、ふさいどく?」
 「あれ、何が入ってんだろうねえ」
 「ちょっと気持ち悪くない?、なんか中身とか見たくないなあ」
 「どうせ明日捨てるんだから『やまちゃん』に任せておけばいいんじゃない?」
 「まあそうなんだけどね」

 舞ちゃんはゴミよりもネコのほうに興味があったようだ。

 「ねーねー、ネコって何色だったぁ?」
 「んーとね、白と黒」
 「ブチ?」
 「そう、背中としっぽが黒だった」
 「毛が短い?」
 「うん」
 「首輪してなかった?」
 「うん、してなかったよ」

 「それねえ、ついこの前から住み着いたノラだよ。近所のネコとあんまり仲が良く
  ないの。昨日は福田さんちのネコにいじめられてた。おなかすいてんのかな」

 さすが舞ちゃん。ご近所の動物事情にも詳しい。

 「みんな〜、スイカ切ったよ〜」

 えりかちゃんが、切ったスイカをお盆にのせて運んできてくれた。

 「やったー!、スイカだスイカだ〜!」
 「塩もってくる〜!」
 「あたし『アジシオ』〜」
 「種飛ばししよ〜!」
 「しよ〜!」

 みんな花火とスイカですっかり夏の気分を満喫している感じ。それっき
り、「不法投棄」のゴミのことは、みんな忘れてしまっていたらしい。

●PM09:00

 「あ!、停電?!」

 部屋でひとり「創作活動」に熱中していた私は、強制的に思考を中断され、とっさ
にカーテンを開けた。外を見ると、ご近所さんの家の明かりもみんな消えている、と
いうことは、停電はウチだけではないようだ。

 私の部屋のコンセントには、停電したときにだけ明かりがつく仕掛けの「非常用ル
ームランプ」がささっているから、こんなとき慌てずに済む。ちょっとした優越感に
浸ることができて嬉しい…、なんちゃって。でも、こういう珍しいことが起きると、
決まって大騒ぎするのがウチの恒例でもあるんだな。

 「助けて〜っ!」

 早速お風呂場から悲鳴が聞こえてきた。愛理だ。家族でいちばんの「さびしがり
屋」は、よりによってこんなタイミングでお風呂に入っていた。

 「ちょっと待って〜!、今懐中電灯持っていくから〜」
 「なっきー!、早く〜!」

 真っ暗闇の中、コンセントから抜き取った「ルームランプ」を頼りにして、風呂場
へと急ぐ。リビングでは他のみんながテレビを見ていたらしく、これもまた大騒ぎに
なっていた。

 「なに停電?!、ウチだけぇ?!」
 「いんや、ご近所もみんな消えてるよ」
 「ホントだ、みんな真っ暗〜。ロウソクどこだっけ?」
 「懐中電灯あったよ〜、ってか、電池ないんだけど〜」
 「意味ないじゃ〜ん!」
 「電池はどこ〜」
 「暗くてわかんな〜い」
 「じゃ懐中電灯は〜?」
 「あるよ〜、けど電池がな〜い」
 「意味ないじゃ〜ん!」

 まあこっちは放っておいていいかな。とりあえずパニックになっている愛理を救出
しに行かなくては。

 「はい、愛理、懐中電灯。濡らさないように気をつけてね」
 「ありがと。なっきー、いっしょに入ろ?」
 「なにを突然(笑)。でもいいや、ちょっと待ってて、着替え持ってくるから」

 お風呂の中で、愛理は半ベソになっていた。私は玄関に置いてあった防犯用の懐中
電灯を愛理に渡すと、自分の部屋に着替えをとりに行った。

 「た〜た〜り〜じゃ〜!」

 千聖は鉢巻で2本のロウソクを額の横にくくりつけ、どこかで見た映画のマネをし
ている。

 「ちょっと千聖、あぶないよ〜」
 「た〜た〜り〜じゃ〜!」
 「ロウが髪についたら、とりにくいんだからね」
 「た〜た〜り〜じゃ〜!。アチッ!」
 「ほら〜、いわんこっちゃない」

 リビングをのぞくと、懐中電灯を使った変顔対決が始まっている。停電には停電の
楽しみ方があるようで、なんともウチの家族は平和だ。

 「愛理、おまたせ〜」
 「なっき〜、さびしかったよぉ〜」
 「はいはい、抱きつくな」

 お風呂に入って、しばらく愛理と二人でじっとしていたけど、「まっくらやみ」は
依然として回復しないままだった。最近は停電自体も珍しいのに、こんなに長い時間
停電したままというのも、ホントに珍しいことなんじゃないだろうか。

 小さいころ、お父さんが買ってきてくれた「みんなのうた」のCDで覚えた1曲を、
二人で歌った。

 ♪「ひかりのなかで みえないものが
    やみのなかに うかんでみえる
     まっくら森の やみのなかでは
      きのうはあした まっくらくらいくらい」

 明るいときに歌うとなんだか寂しい歌なんだけど、真っ暗闇のなかで歌うと、逆に
心が落ち着くような気がしてくるから不思議。

●PM09:30

 結局停電は30分近く続いた。

 「あ!、ついた!」
 「やっとついた〜!」
 「長かったね〜」
 「暗いよ?」
 「舞ちゃんグラサンかけてんじゃん。いつのまに持ってきてたのさ(笑)」
 「た〜た〜り〜じゃ〜!」
 「まだやってんのか千聖は」

 リビングにはどうやら本当の平和が戻ったらしい。一方、私と愛理はお風呂で
すっかりのぼせてしまい、二人してフラフラとしながら出てきた。

 「あ〜づ〜い〜」
 「愛理おかえり〜!、大丈夫だった?」
 「のぼせちゃったよ〜。ホラ、酔っ払いみたい(笑)」
 「なっきーもご苦労さん、おつかんな〜」
 「あれえ?、クーラーついてないの?」
 「あれ?、つかないよ?」
 「なんで?、リモコンの電池切れた?」
 「いや、リモコンついてるよ?、本体のスイッチは?」
 「やっぱつかないねぇ。なんでだ?」

 キッチンのクーラーも、えりかちゃんの部屋のクーラーも、やっぱりつかなかった。
どうやらウチは、クーラーだけ停電のままらしい。

 「うそー、クーラーないと寝れなくない?」
 「あ〜づ〜い〜よ〜」
 「どうする?、電気屋さん呼ぶ?」
 「電気屋さんは…、今夜はもう遅いでしょ、明日の朝イチで呼ぼう。今晩は扇風機
  でガマンだね」
 「扇風機なんて、リビングと舞美ちゃんのの2台しかないじゃん。どうすんの?」
 「しょうがないから、今日はリビングでみんなで寝ようか」
 「えー、みんなで〜?、…楽しいじゃん(笑)」
 「わーい、みんなで寝ましょー!」

●PM10:00

 リビングに置いてあるソファや家具をはじっこに寄せて、部屋全体におふとんを隙
間なく敷き、みんなでゴロ寝する。窓を開け(もちろん網戸がついているから、虫は
入ってこない)、扇風機2台を、部屋の対角線上に向き合うようにして置き、首フリ
状態にしておく。ちょっとだけ涼しい風が入ってきて、クーラーなしでも十分眠れそ
うだ。

 「「「「「「「おやすみなさ〜い!」」」」」」」

 家の中は再び暗闇に包まれた。さっきみたいに突然じゃない暗闇。安心して眠るた
めの暗闇…。だけど、この7人が揃っていて、素直にちゃんと寝付けるワケがない。

 「…」

 「プッ」
 「だ〜れ〜?」
 「だれだ〜?」
 「千聖でしょ〜」
 「私じゃないよ〜ムニャムニャ」
 「『ムニャムニャ』って!、マンガじゃないんだから(笑)」
 「じゃ、栞菜だ」
 「栞菜は寝てま〜す!」
 「寝てないじゃん(笑)」
 「みんな早く寝なさ〜い。千聖と舞ちゃんはラジオ体操あるでしょ〜」
 「は〜いムニャムニャ」
 「だから『ムニャムニャ』って…」

 「…」

 「キュフフ、くすぐったいってばぁ、愛理ぃ」
 「くすぐってないよ?」
 「じゃこの手はぁ?、…キャッ!」
 「なっきー、うるさいよ〜」
 「千聖が孫の手使ってくすぐってる〜」
 「『孫の手』とか(笑)、どっから見つけてきたんだ」
 「千聖は寝てま〜す!」
 「寝てないじゃんっての(笑)」
 「こらあ、寝なさいっての〜」

 「…」

 「…もう、食べれない…」
 「なに?、舞ちゃん?」
 「舞ちゃん寝てるよ?」
 「寝言」
 「きゃー、舞ちゃんかわいい!」
 「起きるから、静かに!」
 「舞ちゃん、なに食べてるの?」
 「話し掛けちゃダメ」
 「…ムニャムニャ…」
 「『ムニャムニャ』って言った!」
 「言った!、ホントに言った!ウケる〜」
 「シーッ!、う・る・さ・い。次うるさくしたら、部屋で寝かすよ?」
 「はーい」

 「…」

 しばらくの静寂が続き、庭で鳴く虫の声だけが、心地よく響いていた。ゆっくりと
首を振る扇風機は、そよ風のように外の風を送り込んでくれる。

●PM11:00

 突然えりかちゃんが立ち上がり、部屋の明かりをつけた。

 「どしたの?」

 まぶしさに手をかざしたのは、舞美ちゃんと私、そして愛理だった。栞菜、千聖、
舞ちゃんはもうぐっすりと眠りについていた。えりかちゃんは、おふとんの上に仁王
立ちで、睨みつけるように部屋を見回している。

 「今、あたしの手の上を、何かが通った…」
 「えっ?、ウソ!」

 えりかちゃんの言葉に、起き上がった3人の頭に共通の「ある言葉」がよぎった。
でも、だれもその言葉を口に出そうとはしなかった。

 「そんな…」
 「ウソでしょ…」

 ウチは毎年、大掃除のシーズンの最初の日に、専門の業者さんにお願いして、家
1軒分まるごと「害虫駆除処理」をしてもらっている。これは、この家に住むよう
になってからの恒例行事で、それくらい、一家揃って「アイツ」が大嫌いだからだ。
おかげでここ何年かは、その姿すら見ていなかったのに、なぜ…。

 「そこっ!」
 「きゃっ!」

 えりかちゃんは舞美ちゃんの足元を指さした。舞美ちゃんが足を引っ込めると、そ
の動きに反応した「アイツ」は、小さいけれど黒光りする影を残して走り去り、はじ
に寄せてあったソファの下に隠れた。

 舞美ちゃんは不意を突かれて声をあげてしまったけれど、ウチのメンバーでは、千
聖に次いで「耐性」のある、「頼れるお姉ちゃん」なのだ。

 「えり、スプレーどこだっけ?、覚えてる?」
 「うん、分かる。持ってくる。うん、手洗ってくるから、ちょっと待ってて」

 えりかちゃんは叫びたくなる衝動を押し殺しながら、キッチンへと向かった。私だ
ったら、寝ている間にあんなものに手の上を「通られた」なんて考えただけで、パニ
ックになるだろうなと思う。

 「なっきー、愛理、寝てる子に毛布をかぶせて」
 「「はい」」

 「アイツ」が姿を隠した方向をじっと睨みながら、舞美ちゃんは落ち着きを取り戻
して、的確な指示を出す。えりかちゃんがスプレーを持ってきて、舞美ちゃんに手渡
した。えりかちゃんはスリッパもいっしょに持ってきて、私と愛理にもそれを渡した。

 「いい?、どっから出てくるか分かんないから、気をつけてね」
 「「「うん」」」

 緊張の一瞬。舞美ちゃんは、ソファの下にめがけて殺虫スプレーを噴射した。

 <プシューーッ!>

 即座に「アイツ」はソファの背後から壁をのぼって出てきた。

 「いたっ!、このっ!!」
 <プシューーッ!>
 <プシューーッ!>

 壁をのぼる「アイツ」に向けて、舞美ちゃんはすかさず第2、第3の攻撃を加える。
「アイツ」はもがくようにして壁をのぼり続け、天井にまでのぼりつめた。真上に噴
射すると薬が降ってくるから、これ以上の攻撃はできない。

 「大丈夫!当たってる!見てて…」

 舞美ちゃん、えりかちゃん、私、そして愛理は、天井で動きを止め、ユラユラと長
い触角を揺らしている「アイツ」を、じっと見つめている。その体長は2cmもない
「ザコクラス」だ。

 気持ち悪いけど、ちょっとでも目を離したら、またどこかへ隠れてしまいそうな気
がして、目を離すことができない。こんなときは、たった数秒の時間が、ものすごく
長く感じてしまう。

 突然、「アイツ」がまた動き出し、天井を部屋の隅に向かって走り出した。私たち
は身構えたけど、「アイツ」は天井の角に到達する手前で、力尽きたように落ちた。

 しかし、その落ちた先は、ちょうど首を振って横向きになった扇風機の上だったの
だ。「アイツ」の体は扇風機の金属製のカバーをすり抜けて落ち、「ボンッ!」とい
う鈍い音とともに、回転している羽根に当たって分解された。その破片が、じっと固
まっていた私たちに向かって跳ね飛ばされてきた。

 「「「「きゃああーーーっ!!!!」」」」
 「「「「いやああーーーっ!!!!」」」」

 私たちは「アイツ」の分解された残骸を頭から浴びてパニックになった。まさに
「スプラッターホラー」だった。泣き叫び、パジャマを脱いで、それを放り投げ、
いっせいにシャワーを浴びに風呂場へ走った。いっぺんに4人も入ると狭いけど、
そんなこと考えていられない状態だった。

 とにかく、一刻も早く、全身を、頭から洗い流したかった。シャンプーを互いに頭
からふりかけ、泣きながら互いの体を洗いあった。はたから見ていたら、とっても
「こっけいな姿」だったのだろうけど、そのときは4人とも必死だった。

 「なに?」
 「ん…、どしたの?」
 「朝?…」

 寝ていた3人(栞菜、千聖、舞ちゃん)も、さすがにこの騒ぎに目を覚ました。目
をあけると頭から毛布をかぶせられていて、4人の姉たちはシャワーを浴びていて、
部屋の真ん中に殺虫剤のスプレーが落ちている。

 いったい何が起きたのか、状況を悟るために、それほどの時間はかからなかった。
そして部屋の隅には、バラバラになった「アイツ」の残骸が…。

 「「「きゃああーーーっ!!!!」」」

 2次災害が起きてしまった。3人はほとんど同時に悲鳴をあげ、ソファの上に避難
した。

 「ちょいまち、ちょいまち。片付けるから」

 我が家で一番の「耐性」を持つ千聖は、最初こそびっくりして悲鳴をあげたものの、
怖がって震えている栞菜と舞ちゃんを守るように、「アイツ」の残骸をティッシュで
集め、見えないように包んでトイレに流した。そして姉たちを心配して風呂場へ向
かった。

 「舞美ちゃん、えりかちゃん、大丈夫?」
 「大丈夫じゃない〜。も〜」
 「気持ちわるうい!」
 「えーん、こわいよ〜」

 愛理は言葉もなく無心に体を洗っている。相当のショックだったのだろう。えりか
ちゃんは気を取り直して、千聖に声をかけた。

 「千聖〜、お願いなんだけど〜」
 「なあに〜?」
 「扇風機を止めて、リビング全体を掃除機かけてくんない?」
 「こんな夜中に?」
 「ワケはあとで話すからさあ、お願い」
 「分かった〜」
 「あ、あと私たちの着替えも」
 「は〜い」

 姉たち4人が、いっぺんにシャワーを浴びている光景なんて、よっぽどのことがあ
ったのだろうと感じていた千聖は、えりかちゃんのお願いに素直に返事をした。そし
て栞菜と舞ちゃんと協力して、おふとんをたたみ、掃除機をかけた。それが終わるこ
ろ、4人は風呂場からあがってきた。

●PM11:30

 「あー、びっくりした」
 「こわかったよ〜」
 「愛理〜、もう泣かないで」
 「こんな怖い思いしたの、初めて」
 「まさかあんなことになるなんて、ゴメンね」
 「舞美ちゃんのせいじゃないよ、アイツのせいだよ」

 「ねえ、どうしたの?、何があったの?」

 えりかちゃんは、さっき起こった「恐怖体験」を、3人に聞かせた。耐性の強い千
聖は平気で聞いていられたけど、おっかなびっくり聞いていた栞菜は、最後には怖く
て固まってしまった。舞ちゃんは、怖さよりも眠さに耐えられず、聞いている途中で
寝てしまった。

 「こわっ!、じゃあこの扇風機、もう使えないじゃん!」
 「だよねえ、いくらなんでも使えないよねえ」
 「明日、漂白剤につけて洗うか…、まあクーラーが直れば使わなくてもいいんだけ
  どね」

●PM11:45

 とりあえず「敵」は退治し、その残骸の掃除も済んだ、しかしそれは、新たな問題
の幕開けに過ぎなかった。

 「ねえ、やっぱ『一匹いる』っていうことは…」
 「うん、『百匹いる』ってことだと思う」
 「なんでいきなり出てきたんだろう…」
 「なんかすんごいイヤな予感がするんだすけど…」
 「だすけど?」

 なんとなく壁を見ていた栞菜が、「第2の敵」を見つけてしまった。

 「きゃーーっ!」

 栞菜はいきなり悲鳴をあげ、壁を指さした。

 「どこどこ?!」
 「あっち!、あっち!、キッチンのほうへ行った!!」
 「でっかい?!」
 「でっかい!、すっごいでっかい!!」

 舞美ちゃんと千聖がスリッパを構えてキッチンへいった。キッチンでは、うかつに
スプレーを使えないから、スリッパや新聞紙なんかで叩くしかない。

 「千聖、そっち側見てて」
 「はいよ」
 「いい?、叩くよ」

 <バシッ!、バシッ!>

 「そいつ」は空気の流れに敏感だから、スリッパで壁や床を叩けば、それに反応し
て逃げ出してくるはずだ。二人は姿を隠した「敵」がどこから出てくるのか、集中し
て周囲を見回している。

 「いたっ!、そこっ!」

 現れたのは体長5cmはあろうかという「ボスクラス」だった。「そいつ」は食器
棚の隙間からはい出してきて、テーブルの下を通過しようとしたが、ちょうどそこに
千聖が待ち構えていた。

 <バシッ!、バシッ!>

 「当たった?!」
 「やばっ!、ドア閉めて!」
 「あっ!」

 千聖の攻撃はクリーンヒットにはならず、相当のダメージを与えはしたものの、致
命傷には至らなかったようだ。そのため「パニックモード」になった「そいつ」は、
逃走手段を「走行」から「飛行」に切替え、薄暗いキッチンから、再び明るいリビン
グへ向かって飛んでいった。

 舞美ちゃんはリビングへ通じるドアを閉めようとしたけど、間一髪間に合わず、「そ
いつ」をリビングへ逃がしてしまった。

 「「「「きゃああーーーっ!!!!」」」」
 「「「「いやああーーーっ!!!!」」」」

 またもやリビングはパニックに陥った。「そいつ」はリビングの照明の下をぐるぐ
ると飛びつづけ、みんなはしゃがみこんで、頭を抱えて悲鳴をあげている。キッチン
から追ってきた舞美ちゃんは、「武器」をハエタタキに持ち替えて、狙いを定めた。

 「千聖!、網戸開けて!!」
 「はい!」

 <ビシィーーーッ!>

 舞美ちゃんは飛んでいる「そいつ」を、ハエタタキで外へと打ち返した。それはそ
れは見事なホームランだった。「そいつ」はきれいな弧を描いて庭に落ちた。

 「やったーーーっ!」
 「舞美ちゃんすごーーい!」
 「やったね」

 舞美ちゃんと千聖がハイタッチをして庭を見下ろすと、一匹のネコがやってきて
「第2の敵」の死骸をつかまえた。

 「あ、さっきのネコだ」
 「ノラ?」
 「なにやってんの?」
 「あ…」

 「あ…」

 「愛理!、見ちゃダメ!!」

 私は慌てて愛理の目をふさいだ。さっきゴミ袋をあさっていたネコが、舞美ちゃん
が打ち落とした「そいつ」を捕まえて、食べ始めたのだ。

 「く、食ってる…」
 「グ、グロイ…」

 かろうじて愛理は免れたけど、寝ている舞ちゃんを除いて他の姉妹はみんな、この
衝撃的なシーンを目に焼き付けてしまった。でも私は、もう一人「見ちゃいけない人」
を思い出して「しまった!」と思った。

 「うっ!」

 栞菜が口をふさいでキッチンに走った。あーあ、これできっと「ネコ嫌い」になった
かもしれないな。

●AM00:00

 リビングには、一応おふとんを敷きなおしたけど、すでに寝ている舞ちゃん以外は、
横になる気がしなくて…。あ、でも愛理はちょっと眠そうかな。

 「ねえ、どう思う?」
 「どうって…、おかしいよね、明らかに…」
 「停電したり、クーラーがつかなかったり、『アレ』が2回も出てくるなんて…」
 「たぶんねえ、『2度あることは3度ある』と思うよ…」
 「それ、私も思った…」

 「「「「「「は〜あ…」」」」」」

 私たちはリビングのソファにくっついて座りながら、一緒になってため息をついた。
暑いんだけど、なんとなくくっついていたい…。たぶんみんな同じ思いだったんだろ
う。互いの汗が触れ合って、扇風機の風が当たると、なんとなくひんやりもする。

 舞ちゃんはあいかわらず静かに寝息を立てている。さっきの騒ぎで起きなかったの
は、よっぽど疲れているのか、神経が太いからなのか…。

 「ちょっとトイレ行ってくる」

 栞菜はまだ調子が悪いらしい、顔色が青いままだ。

 次にいつ「アイツ」が出てくるか分からない。これからそれぞれの部屋で寝ること
もできるけど、やっぱりクーラーがつかないままだと暑くて眠れるわけがない。リビ
ングで動いている扇風機は1台だけ、今はコレだけが「涼しさ」を提供してくれる唯
一の方法だ。

 「まあ今となっては、目もさめちゃったけどね…」
 「たしかに…、オチオチ寝てられないってのもあるし…」
 「ふわぁ〜あ…」
 「愛理は寝ててもいいよ?」
 「ダイジョブ、起きてる…」
 「無理することもないからね」
 「千聖は?」
 「全然平気(笑)」
 「さてさて、どうしたものか…」
 「うーん…」

 ほんの少しの静寂のあと…。

 「きゃあーっ!」
 「「「「栞菜だっ!」」」」

 舞美ちゃんと千聖は急いでトイレに向かった。

●AM00:15

 栞菜がトイレから出てくると、なんと廊下のど真ん中、栞菜の目の前に「第3の敵」
が、ユラユラと触覚を揺らしながらこっちを見ているではないか。またも体長5cm
はあろうかという「ボスクラス」が、まるで栞菜を挑発しているかのように対面して
いる。栞菜は思わず悲鳴をあげた。

 「ダメダメダメダメこんなの!なんでこんなとこにいんのよ?!舞美ちゃん助けて
  千聖助けて助けて!!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!イヤ!こっち見ない
  で見ないで見ないで!!!なんで私のこと見てんのよ!!いい加減にして気持ち
  悪い気持ち悪い気持ち悪いコワイコワイ!!コワイコワイコワイコワイ!!!…」

 「(ぷちっ…)」

 <バシバシバシィッッ!!>

 何かが栞菜の中で切れた。そして反射的に、履いていたスリッパを手に持ち替え、
それで「敵」を1発、2発、3発と叩いた。まるで「窮鼠(きゅうそ)ネコを噛む」
のねずみのような、予想外、そして瞬時の反撃に、「敵」は逃げることも、身動き
することもなく絶命した。

 「栞菜っ!」

 舞美ちゃんと千聖がトイレに駆けつけたとき、栞菜は床にへたりこみ、その目の前
には、ペチャンコにつぶれ、変わり果てた「敵」の姿があった。

 「もう…、怒った…」

 ゆっくりと立ち上がった栞菜の両目には、うっすらと涙が、そしてその奥にはメラ
メラと炎が燃え盛っていた。今始末したばかりの「敵」の残骸をトイレットペーパー
で包んでつかみ、そのままトイレに流した。

 「栞菜、大丈夫?」
 「かんな〜?」
 「大丈夫。ちょっとコンビニ行ってくる」

 そういうと栞菜は自分の部屋へ行き、服を着替えて出て行ってしまった。なにかを
思いつめたような強い視線に圧倒されて、舞美ちゃんも千聖も、ただ呆然と栞菜の姿
を見送るしかできなかった。そして二人はリビングに帰ってきた。

 「栞菜、どうしたの?」
 「わかんない。『もう怒った』って…」
 「コンビニに行っちゃった」

●AM00:30

 栞菜がリビングに帰ってきた。

 「これを手分けして仕掛けよう」

 栞菜がコンビニで買ってきたのは、殺虫スプレーが3本と、ホイホイハウス(3個
入り)が3セットだった。

 「こんなに買ってきたの?」
 「っていうか、コンビニにはこれしか置いてなかったの。ホントはバ○サンも買って
  こようと思ってたんだけど、売ってなかった」
 「まあバ○サンは昼間やればいいんだし、とりあえずは今晩をしのげればOKよね」
 「よし、じゃ、仕掛けを仕掛けよう(笑)」

 みんなで手分けしてホイホイハウスを組み立て、キッチンを中心にして配置してい
くことにした。えりかちゃんはシンクと冷蔵庫の周辺に3個、舞美ちゃんはキッチン
のそのほかの場所に3個、私はリビングの周辺に3個、「ヤツら」が通りそうな場所
を選んで置いていく。

 愛理が適当な場所を探しながら、テレビの裏をのぞいていたら、小さな黒い豆のよ
うなものがポトリと落ちていた。

 「???…、なっきー、なんだろこれ?」
 「んー、な〜に〜」
 「ほら、このマメみたいの」
 「わっ!、さわっちゃダメッ!!」

 愛理は「ヤツら」の卵を知らなかった。確かに小豆(アズキ)に似ていて間違えや
すいのだけど、こんな場所に小豆なんて落ちているはずがない。私は図鑑の写真で見
たことはある(見れば見るほどグロテスクだったのはハッキリと覚えている)けれど、
実物を見たのは初めてだった。ということは、ここも「ヤツら」の通り道になってい
たということか。

 愛理は「それ」が卵だということを知ってしまったこと、「それ」を見てしまった
こと、そして「それ」をあと少しのところで触ろうとしていたことにショックを受け、
固まってしまった。

 私は千聖にお願いして、「それ」をティッシュに包んでトイレに捨ててもらった。
そしてテレビの裏側にホイホイハウスを置いた。

●AM01:00

 「とりあえずこれでリビングは安心でしょう」
 「やっと眠れる…かな」
 「まあ眠れる気もしないけどね」
 「まあね、たしかに」
 「あたし、結構眠い…」
 「愛理、寝ていいよ。舞ちゃんのとなりに寝な」
 「うん、おやすみ」

 「ねえ、あれ…」

 栞菜が庭のほうを指さした。みんなの視線が庭に向くと、そこにはさっきのネコが、
両方の前足を揃えて座り、じっとこっちを見ていた。そしてゆっくりと歩き出し、ど
こかへ行ってしまった。

 「なんだろ…」
 「なんだかすごく気味悪いね」

●AM01:30

 舞ちゃんと愛理をのぞいて、眠気が覚めてしまったわたしたちは、やっぱりソファ
に固まって座りながら、テレビの深夜番組をぼーっと眺めていた。寝ている子たちに
は悪いけど、部屋は明るいままにしている。次にまた「ヤツら」が現れないかどうか、
分からなかったから…。

 テレビからは陽気な、そして騒々しい音がしているけれど、見ている私たちの周囲
には、空虚でシラケた、微妙な空気が流れていた。

 「ねえ、聞こえた?」
 「え?、なに?」
 「あー、空耳であってほしいんだけど…」
 「なんのこと?」

 <カサカサ…>

 「あ…」
 「…聞こえた」
 「わたしも…」
 「もうイヤ…、こんなの…」
 「千聖、行くよ」

 なにかが、もがいているような、その乾いた音は、キッチンのほうから聞こえてく
る。きっと「ヤツ」だ。「第4の敵」だ。舞美ちゃんと千聖がすっと立ち上がり、
スリッパとハエタタキを持って、そろりそろりとキッチンへ向かう。

 「私も行く…」
 「栞菜?、大丈夫なの?」
 「うん、もうアイツらには負けない。もう全然怖くないから」

 栞菜はトイレの前で「ヤツ」とのタイマン勝負に勝ってから、恐怖感を克服したよ
うだ。なにかの決意にみなぎったような目が、それを物語っていた。

 「栞菜、かっこいい!」
 「まあね。今まで舞美ちゃんや千聖にずいぶん頼ってたけど、もう大丈夫だよ」

 栞菜も丸めた新聞紙を手にして、二人のあとに続いた。
 キッチンの明かりをつける瞬間、3人は身構えたけど、何も起こらなかった。そし
てあいかわらず「音」は、シンクの方から聞こえてくる。「特攻隊」メンバーでいち
ばん背の高い舞美ちゃんが、おそるおそるシンクの中をのぞく…。

 「音」はなおも聞こえている。すると、舞美ちゃんはシンクから目を離すことなく
二人にVサインをしてみせた。

 「?」
 「舞美ちゃん、なに?」

 千聖が小声でたずねた。

 「2匹いる。栞菜、スプレー持ってきて」
 「はい」

 「第4の敵」は、なぜかシンクの中で2匹がもがきあっているようだ。狭いから、
叩いても確実に当たる可能性が低いし、どちらかに逃げられてしまうかもしれない。
シンクの中に向けてなら、スプレーしてもあとで洗い流せる。舞美ちゃんの判断は冷
静だった。

 栞菜はリビングから殺虫スプレーを持ってきて、舞美ちゃんに手渡した。

 「千聖、ドア閉めといて」
 「うん」

 さっきのようにリビングに飛び込まれては、またパニックになってしまうから、
あらかじめドアを閉めておく。そして舞美ちゃんはスプレーを高い位置から噴射する
ように構えた。

 「いい?、いくよ?。逃げたらすぐに叩いてね」
 「はい」
 「おーけー」

 スプレーを構える舞美ちゃんの両脇で、栞菜と千聖がそれぞれの「武器」を構えた。
一瞬の静寂のあと、舞美ちゃんはスプレーを噴射した。

 <プシューーッ!>
 <ガサガサガサガサッ!>

 さっきよりも激しい「音」がしだした。栞菜と千聖は「ヤツら」が飛び出してくる
のを警戒していたけど、どうやらシンクの中をひたすら走り回っているようだ。やが
てその「音」は小さくなり、動きも完全に止まった。「敵」2匹はシンクの中で絶命
した。

 「ほっ」
 「よかったあ、ここだけで済んで」
 「しかしこれは『ザコ』だね」

 シンクの中に横たわっている死骸は、それぞれ体長2cmほどの「ザコクラス」で
あった。舞美ちゃんはそれらをティッシュペーパーで包み、トイレに流した。

 「今日、あと何回トイレ流すんだろ…」

 どう考えてもありえない異常な状況に、さすがの舞美ちゃんも怖さがこみ上げてく
るような気がした。

 「ねえ、なっきー、コレ…」
 「なに?、ネコの、毛?」

 それは、白い毛と黒い毛の混じった、ネコの毛の小さな固まりだった。えりかちゃ
んはリビングにいるみんなに聞こえるようにたずねた。

 「だれか、あのネコに触った人いる?」
 「え?、さっきの〜?」
 「触ってないよ〜」
 「だれも触ってないでしょ?、たぶん舞ちゃんも…」
 「じゃあ、なんであのネコの毛がここに落ちてんの?」
 「うそ?!」
 「キッチンに?!」

 「(あのネコ、ここに入ってきたってこと?)」

 えりかちゃんは、なにかイヤな予感がしたけど、それ以上考えたくはなかった。
この毛があのネコのものだとハッキリしているわけではないし、ただの勘違いかもし
れない。もし本当だとしても、もっと怖いほうにしか考えがいきそうになかったから。

●AM02:00

 ふたたびみんなソファの上に集合。舞美ちゃん、えりかちゃん、私、栞菜、そして
千聖は、やっぱり「ひとかたまり」になって、深夜番組をぼーっと眺めている。

 「なんか…、おなか減ってきちゃったね」
 「あ、そうかも」
 「でも、夜中に食べると太るよ?」
 「そ、それも、そうだ…ね」

 「でもさ、みんな体力と神経、けっこう使ったんじゃない?」
 「うん、それもそうだ」
 「けっこう声も出したし(笑)」
 「甘い麦茶でも作ろうか?」
 「あ、それいい。賛成!」

 えりかちゃんが砂糖入りの「甘い麦茶」を作ってくれて、みんなでそれを飲んだ。
涼しくなるし、なんだかなつかしい味。

 「おはよ」
 「あれ?、舞ちゃん、まだ朝じゃないよ?」
 「まだ寝てていいんだよ?」
 「んー、…起きた」
 「舞ちゃん明日ラジオ体操でしょ、寝てたほうがいいよ」
 「なんかね、起きちゃった」
 「そう?、あんまり無理しちゃダメだよ」

 今は「非常事態」だから、誰も舞ちゃんを無理に寝かせようとは思わなかった。そ
れで舞ちゃんにも「甘い麦茶」を飲ませたら、すっかり目がさめたようだ。

●AM02:15

 <ガラガラガシャン!>

 「今度はなに?」
 「天井裏だ…」
 「荷物が崩れたんじゃない?」
 「千聖、花火とりに行ったとき、なんかした?」
 「いや、なんにもしてないよ?」
 「とりあえず見に行かないと、安心できないよなあ…」
 「イヤだなあ、行きたくないなあ」
 「しょうがないじゃん、行くしかない。荷物が崩れただけなら、それはそれで安心
  でしょ?、ね」
 「『ね。』って、舞美ちゃんはポジティブだなあ」

 舞美ちゃんはタオルを頭に巻き、マスクをして戦闘準備を整えた。栞菜と千聖も同
じようにして、舞美ちゃんと同じ格好になった。

 「あづい…」
 「これは夏の格好じゃないね」
 「ガマン大会イエーイ!」
 「えり、これ終わったら、また麦茶飲みたいかも」
 「分かった、作っておくよ」
 「いってらっしゃい」

 天井裏には入口のフタを開けて、そこにハシゴを吊るすように取り付けてのぼる。
舞美ちゃんがフタを開けると、コロコロと小さな豆のようなものと、パラパラとした
砂のようなものが落ちてきた。

「うわ!、なにこれ?!」

 「信じたくない…」
 「卵?」
 「と、フン?」
 「たぶんね。もう巣になってるのかも」
 「花火をとりに来たときには、全然わかんなかったよ?」
 「なんでだろうね?、ちょっとヘンだよ…。昨日の停電からなのかな。千聖、床を
  掃除してくれる?」
 「私がやるよ。千聖は舞美ちゃんを手伝って」

 栞菜はホウキとチリトリを持ってきて、散らばった「卵」と「フン」を片付けた。

 「ねえ、なんか『おしょうゆ』のニオイがしない?」
 「え?、どれどれ?」
 「ほんとだ、なんか『おしょうゆ』のニオイだ。天井裏?」
 「上に『おしょうゆ』なんて置いてあったっけ?」
 「ないない」

 舞美ちゃんと千聖はハシゴをとりつけ、舞美ちゃんが懐中電灯を持って、ゆっくり
とのぼる。

 <カサカサ…>

 やはりなにか(たぶん「ヤツら」、それも一匹ではなさそう)が動いているような
音がする。舞美ちゃんはおそるおそる、慎重に中をのぞいた。

 「信じられないくらいでっかいのがいる…」
 「え?」

 千聖は舞美ちゃんを手招きした。もう一度舞美ちゃんは交代して、懐中電灯で天井
裏をのぞいた。『おせんべい』の缶の中から出てきたのは、体長12cmはあろうか
という、今までに見たこともないような「大ボスクラス」だった。

 「うわ、これは私でも死にそうだわ…」
 「なんか感動するね。あれだけ大きいと…」
 「とりあえず、いったん撤退して、作戦を立て直そう」

 舞美ちゃんたちはハシゴをはずして入口のフタを閉じ、リビングに戻ってきた。

●AM02:30

 さっきまで寝ていた愛理も起きてきて、リビングは全員参加の作戦会議となった。

 えりか:「もうさあ、天井裏は明日、バ○サンすればいいじゃん?」
  舞美:「でも、昨日まで全然いなかったのが、突然あんなに増えてんだよ?、
      おかしいと思わない?、今夜じゅうに退治したほうがいいと思う」
 えりか:「そんなこといったって、たくさんいるのを、全部叩き潰すつもり?」
  舞美:「そりゃあ…」
 えりか:「根性で?」
  舞美:「うん…」
  栞菜:「大変だよ。天井裏は狭いから、舞美ちゃんひとりだけ頑張ることになる
      かもしれない」
  舞美:「それは…、仕方ないじゃん」
  千聖:「ダメだよそんなの!、舞美ちゃん死んじゃうかもしれない!」
  舞美:「それはない。ってか殺すな」
  早貴:「ねえ、天井裏だったら、スプレーまいても大丈夫でしょ?」
  舞美:「大丈夫だけど、まいたとたんにパニックになるよ?」
  栞菜:「それは叩いたって同じだよね」
   舞:「うん、同じだ」
  早貴:「遠隔操作すればいいじゃん」

 「「「「「「遠隔操作?」」」」」」

 ここで、なっきーの工作教室〜♪

 「こうやってスプレー缶を、それぞれ外を向くように3つ束ねて…」
 「ガムテープでぐるぐる巻いて…」
 「次にソフトボールにひもを巻いて…」
 「ひもが外れないようにガムテープをはって…」
 「ひもを缶の真ん中のすきまにたらしながらボールをのせる…」
 「こうやって、下からひもを引っ張れば…」

 <<<プシューーッ!>>>

 3本の缶から同時にスプレーが噴射された。

 「すっごーい!」
 「なっきー天才!!」
 「なんでこんなの作れんの?、頭よすぎぃ!」
 「ちょっと安定性がないから、下にダンボール付けて固定したほうがいいかな。
  これを天井裏に置いて、フタを閉めてから噴射すればオッケーでしょ?」

 「「「「「「すごーい!」」」」」」

 私たちは、さっそく作戦を実行に移すことにした。

 「ちょっと待って!」
 「ん?、どしたの?、なっきー」

  早貴:「問題はスプレーを噴射したあとでしょ。天井裏にはたくさんの死骸が残
      ることになるし、もしかしたら、どこかのスキマから逃げ出してくるか
      もしれないじゃない?」
  舞美:「そうだね。どこから入ってきたかも分からないんだから、どこから出て
      くるかも分からないね」
  栞菜:「じゃあスプレー発射と同時に、みんな『戦闘準備』ができていないとダ
      メなんだね」
 えりか:「私となっきーと愛理と舞ちゃんは、とりあえずココが一番安全なのかな?」
  千聖:「でも頭にタオル巻いておいたほうがいいよ。『敵』は上にいるから」
  舞美:「よし、それじゃあ、身支度も整えよう!」

 「「「「「「オーーーッ!」」」」」」

●AM03:00

 私たちはおふとんを片付け、ソファをリビングのまんなかに移動し、そこにえりか
ちゃん、私、愛理と舞ちゃんが座った。

 さっき作った「スプレー噴射装置」を栞菜が持ち、スリッパと「回収用」のトイ
レットペーパーを持った舞美ちゃんと千聖がいる。そして、それ以外のメンバーを
含めた全員がタオルを頭に巻き、マスクを着けているという格好で、「夜中に大掃除」
みたいな、かなり異様な光景。

 「みんな、準備はいい?」
 「「「「「「うっす!」」」」」」

 「私と栞菜で、天井裏にスプレーをまく。えりか、なっきー、愛理、舞ちゃんは
  ここから動かないこと。千聖はここで待機して、『敵』がこないか見張ってて」
 「アイアイサー!」

 「スプレーをまいたあとは、出てきたヤツは私と栞菜で退治するからね」
 「まかせて!」
 「多分、家じゅうが大騒ぎになるかもしれないけど、みんなできるだけ落ち着いて
  いてね。えりたちも、スリッパ持っていたほうがいいかもしんない」

 「そうだね。自分の身は、自分で守らなきゃ」
 「えりかちゃんかっこいい!」
 「よし、ここはえりかちゃんに任せた!」
 「あんたらもちゃんと持ちなさい」
 「だってぇ〜、怖いんだも〜ん」
 「スリッパ怖い〜」
 「怖いのはスリッパじゃないでしょ!」

 千聖は「やれやれ」のポーズをして、ソファの上(えりかちゃんと私と愛理と舞
ちゃん)でのやりとりを見守っていた。舞美ちゃんと栞菜も目を見合わせて、クスッ
と笑った。

 「よし、栞菜、いくよ!」
 「はい!」
 「いってらっしゃーい、気をつけてね〜」

 舞美ちゃんと栞菜は、天井裏の入口のフタの下にイスをふたつ並べ、それぞれにの
り、立ち上がった。

 「いい?、私がフタを開けたらすぐに『それ』を置いてね」
 「うん」
 「いくよ?」

 舞美ちゃんがフタを開けると、さっきと同じように「卵」と「フン」がパラパラと
落ちてきた。その量も、さっきより増えているのが分かる。栞菜はすばやく「スプレ
ー噴射装置」を天井裏に置き、ひもをたぐりよせた。

 「できた!」
 「よし!」

 舞美ちゃんはすぐにフタを閉めた。フタからは「噴射スイッチ」のひもだけがぶら
下がっている。舞美ちゃんはイスから飛び降り、ハエタタキとスリッパを両手に持っ
て、栞菜のほうに向き直った。

 「いい?、合図をしたら、スプレーの音がしなくなるまでずっと、引っぱり続ける
  んだよ。もしも『ヤツら』が出てきたら、私が仕留めるから」
 「うん!」

 舞美ちゃんは、リビングにいるみんなにも聞こえるような大きな声で呼びかける。

 「みんなー!、いくよー!」
 「「「「「はーーい!」」」」」

 「3・2・1・発射!!」
 <<<プシューーッ!>>>
 <バサバサバサバサッ!!!>

 栞菜がひもを引っぱると、中でスプレーの噴射する音…、と同時に「ヤツら」が暴
れまわり、もがいている音がする。なにか大きな鳥が羽根をひろげて暴れているかの
ようだ。栞菜は、その「音」の大きさにも驚いたけど、ひもを引っぱる力を緩めるこ
とはしなかった。

 天井と壁のあいだにできているわずかな隙間から、スプレーの薬剤が漏れ出してい
る。そしてそこから「ザコクラスの敵」が1匹、這い出してきた。

 「舞美ちゃん!、うしろ!、上!!」

 じっと栞菜のほうを見ていた舞美ちゃんは、振り向くと「敵」の姿を確認した。
「敵」は舞美ちゃんめがけてまっすぐ飛んできた!

 「きたっ!!」
 <スパーン!、バシッ!>

 舞美ちゃんはすかさずハエタタキで「敵」を叩き落し、そしてスリッパでとどめを
さした。すると今度は、別の場所から、「ザコクラス」が舞美ちゃんめがけて廊下を
突進してきた。

 「もう一匹!」
 <バシッ>

 スリッパ1発で仕留められた「こいつ」もまた、舞美ちゃんの敵ではなかった。

 「舞美ちゃん!、こっち!!」
 <パシンッ!>

 「OK!」
 <バシッ!>

 栞菜はひもを引っぱる手を左手に持ち替え、自分に向かって飛んできた「ボスクラ
スの敵」をスリッパで打ち落とした。すかさず舞美ちゃんが、床に落ちた「そいつ」
にスリッパでとどめをさした。廊下の床の上には、あっというまに3匹の死骸が転
がった。

 「こいつら!、こっちに向かってくる!!」
 「なんで?!、私たちが分かるの?!」
 「そんなばかな…」

 すると、ひっぱり続けていた「噴射装置」のひもが、突然切れた。

 「あっ!」
 「あぶないっ!」
 <ガタンッ!、ドスンッ!>

 栞菜はバランスを崩してイスから落ち、床に尻餅をついた。

 「いった〜い!」
 「栞菜!、大丈夫」
 「大丈夫。舞美ちゃん、これ見て…」
 「うそ…」

 栞菜は切れたひもの先を舞美ちゃんに見えるように持ち上げた。その先は、なにか
にかじられたようにちぎれていた。

 「あいつらが切ったの?」
 「信じられない」
 「よし!、ここはもういいから、リビングに戻ろう」

 二人は床に転がっている死骸の片付けを後回しにして、いったんリビングに戻った。

 「千聖、どう?」
 「大丈夫みたい。まだこっちには現れてない」
 「このまま天井裏で全滅してくれればいいんだけど…」

●AM03:30

 ヤツらの「暴れまわる音」は天井を伝わって、ほんの少しだけど、リビングにいる
みんなの耳にも聞こえてきていた。みんなはその音が早くおさまることを、必死に
なって祈っていた。

 舞美ちゃん、栞菜、千聖はしっかりと目を見開き、リビングへの「敵」の侵入がな
いかどうかを見張っている。「ヤツら」にとって天井裏からの抜け道があれば、きっ
とこのリビングから見える場所に降りてくるはずだ。

 そしてやはり、逃げ出した1匹と思われる「敵」が、トイレに向かう廊下を走り抜
けていくのが見えた。

 「やっぱ出てきたか…」
 「とにかく、確実に潰していこう」
 「私がいってくる」

 栞菜は「そいつ」を退治するために、トイレのほうに向かっていった。「そいつ」
は、どうやらスプレーを浴びて弱っているらしく、動きは鈍かった。栞菜はクールな
視線で見下ろし、丸めた新聞紙を構えた。

 「あばよ…」

 振り下ろされた「鉄槌」は確実にとどめをさし、その死骸はトイレットペーパーで
包まれてトイレに流された。栞菜がリビングに戻ろうと振り返ると、向こうになにか
白い影が見えたような気がした。

 「えっ?!、なに?」
 「(なんなの?…)」

 栞菜はおそるおそる、影の消えた場所に近づいていった。誰かがいるような気配は
しない。もしかしたら、何かの見間違いだったのかもしれない。廊下の角に立って見
回してみたけど、やっぱり誰もいなかった。

 「栞菜!、こっち来て!」

 舞美ちゃんが叫んでいる。キッチンからだ。栞菜は急いで向かった。

 「これ見て」
 「うわっ!、こっちに逃げ出してきたんだ!」
 「換気扇からみたい…。さすがの私も、これは見てらんないな…」

 どうやら天井裏から壁の隙間をつたわって、換気扇のところに「ヤツら」の道が通
じているようだ。列をなすようにして、ぞろぞろとキッチンのシンクに降りてくる。
しかしみなスプレーの薬剤を浴びて弱っているらしく、その動きはノロノロとしてい
る。シンクはまるで「ホイホイハウス」の状態で、中にはすでに十数匹の、うごめく
「固まり」ができている。

 舞美ちゃんは戸棚をあけて、奥のほうにしまってあったものを取り出した。

 「あったあった、これを使いますか…」
 「ええーっ?!」
 「どうせもう使わないモノだし、ちょうどいいサイズじゃん?」

 舞美ちゃんが手に持っているのは、昔よく使っていた「虫よけネット」。テーブル
のうえに置いてある食べ物に虫が飛んでこないように、上からかぶせる傘のようなも
ので、ちょうどシンクの深み全体を覆うくらいの大きさなのだ。

 「こいつらがみんなここに降りてきたら、これをかぶせてもう一回スプレーしよう。
  栞菜、ガムテープ持って来てくれる?」
 「はいよ」

 舞美ちゃんはシンクに次々と入ってくる「ヤツら」をしばらく眺めていた。やがて
逃げ出してきた「黒い列」が途切れると、シンクの中には数十匹の「ヤツら」がガサ
ガサとうごめいている状態になった。

 「よし、栞菜、ガムテープ貼って」
 「はいよ、それにしても、やっぱり気持ち悪いね」
 「しょうがない。これで全部だったらいいんだけど…」

 舞美ちゃんがシンクにネットをかぶせて、栞菜がそれをガムテープで固定した。ス
キマから逃げ出さないようにするためだ。

 「準備オッケー!」
 「ようし、いっくぞぉ〜!」

 すると突然、キッチンの照明がチカチカと点滅しだした。

 「なに?」
 「なに?、どうしたの?!」

 <ガシャアン!>
 「「きゃああーーーっ!!!!」」
 「舞美ちゃん!、栞菜!、大丈夫?!」

 千聖がリビングから入ってくると、キッチンは真っ暗で、舞美と栞菜の悲鳴だけが
聞こえる。千聖は振り返ってえりかちゃんに声をかけた。

 「えりかちゃん!、懐中電灯!」
 「はいこれ!、どうしたの?!」
 「わかんない!、舞美ちゃん、栞菜!、大丈夫?!」
 「大丈夫!、電灯つけて!」

 千聖はえりかちゃんから懐中電灯を受け取り、それでシンクの横にしゃがみこんで
いる舞美ちゃんと栞菜を発見した。
 なんとキッチンの照明がテーブルの上に落下している。千聖は舞美ちゃんのそばに
かけよった。

 「どうしたの?」
 「わかんない。でもね、すごいイヤな予感。ちょっと電灯貸して」
 「はい」
 「二人とも、このまましゃがんだままでリビングに行って」
 「どうして?」
 「舞美ちゃんは?」
 「いいから早く、栞菜、新聞紙貸してね」
 「はい」

 栞菜は丸めた新聞紙を舞美ちゃんに渡すと、千聖と二人でしゃがんだ姿勢のまま、
キッチンを出た。それを確認した舞美ちゃんは、新聞紙を右手にしっかりと持ち、左
手の懐中電灯でゆっくりと、照明のぶら下がっていたあたりの天井を照らした。

 「大ボスの登場ね…」

●AM04:00

 天井に貼り付いている大きな黒いかたまり。「大ボス」は、さっき舞美ちゃんが天
井裏で見たときよりも、さらにひとまわり大きくなっているように見えた。

 「ここまで大きいと『お化け』だね…」

 舞美ちゃんは自分を落ち着かせるようにしてひとりごとを言った。言葉がわかるの
か「大ボス」は長い触角を揺らしながら、天井に貼り付いたままゆっくりと舞美ちゃ
んのほうに向き直った。

 「『歯が強い』って、アピッてるんでしょ?」

 キッチンの照明がテーブルに落ちたのは、おそらくコイツの仕業だろう。照明をつ
るしているコードを食いちぎったのだ。

 「(どうしようかな…)」

 シンクにはネットをかぶせられた状態で、まだたくさんの「ヤツら」がうごめいて
いる。あとは殺虫スプレーをかけて始末するだけだけど…、多分この「大ボス」は、
それを阻止するために出てきたのだろう。だとすれば、こちらが次になにか動こうと
すれば、なんらかの攻撃を仕掛けてくるかもしれない。でも、ヤツらの「攻撃」って、
どんなものなのか…。

 夜明けが近づいているのか、キッチンの窓と、その外の景色とは、真っ黒から、
深い青へと、色を変えようとしていた。

 舞美ちゃんは左手の懐中電灯で天井の「敵」を照らし、右手に丸めた新聞紙を持った
まま、ジリジリと、リビングへ抜けるドアに向かって移動した。今、考えられる「ヤ
ツの攻撃」は体当たりくらいしかない。ただし「ヤツ」の大きさと、飛んでくるスピ
ードを考えると、その衝撃も相当なものになりそうだ。なので、ドアを背にすること
で、周りへの被害を最小限にできるはず…。といっても、実際に突っ込んできたら、
よける自信もあまりなかった。ドアの外では、さっきから栞菜と千聖が心配しながら、
キッチンの中の様子をうかがっている。

 「栞菜〜、そこにいる〜?」
 「いるよ、舞美ちゃん大丈夫?」
 「大丈夫。ここ絶対にドアあけちゃダメだかんね〜」

 そういって舞美ちゃんは、ドアのノブにそっと手をかけた。その瞬間、「敵」は舞
美ちゃんめがけて飛び降り、突っ込んできた。

 「やっぱし!」
 <バシッ!>

 天井から直線的に飛んできた「敵」を、舞美ちゃんは新聞紙で迎え撃つ。ジャスト
ミートしたつもりだったが、その体の大きさとスピードに新聞紙が負けてしまい、ぐ
にゃりと折れ曲がった。その反撃は、「ヤツ」の飛んできた軌道を変える程度にしか
ならなかった。それで直撃は免れたものの、舞美ちゃんは「敵」を見失い、あわてて
懐中電灯を振り回した。

 「どっ、どこよっ!?」

 <ビシッ!>
 「いたっ!」

 右の頬に痛みが走った。やはり「ヤツ」の攻撃は体当たりだけのようだ。マスクを
していたから直撃は避けられたけど、やっぱり触れたくない相手だけに、暗がりから
飛んでこられると怖い。

 「(目を…狙ってる?…)」

 舞美ちゃんは再び懐中電灯を振り回した。とにかく「敵」の居場所がわからなけれ
ば、対処のしようがない。舞美ちゃんはドアを背にしたまましゃがみこんだ。

 窓の外は、うっすらと明るさを取り戻そうとしている。家具の配置がなんとなく分
かるようになってきたから、自分が動き回る分には問題ないが、「敵」はいったいど
こにいるのか…。

 「(しょうがない、アレを使うか…)」

 舞美ちゃんは一呼吸置いてから、一気にシンクに向かって走り出した。すると
「大ボス」が戸棚の上から飛び出してきて、再び舞美ちゃんの目を狙って突っ込んで
きた。

 「単純なんだよっ!」

 舞美ちゃんは両目をつぶった。左目に体当たりの直撃を受けたが、そのままシンク
の下の扉を手探りで開け、なかから「武器」を取り出した。

 「よし、来いっ!」

 舞美ちゃんは今度はシンクを背にしてしゃがみ、頭の上に「武器」を構えた、キッ
チンの中に少しづつ外の明るさが差し込んできた。気がつくと、左目の下のまぶたか
ら血が出ている。体当たりされたのと同時にかじられたらしい。

 「(最悪…)」

 これは傷のダメージというより、精神的なダメージのほうが大きかった。麗しの乙
女の顔を傷つけられるなんて、しかも「あんなヤツ」に…、ありえないほどの屈辱。
しかし、そんなことを考える間もなく、次の瞬間には、テーブルの反対側から姿を現
した「ヤツ」が、再び舞美ちゃんめがけて飛び出してきた。

 <ガアァンッ!>
 「やったっ!!」

 頭上から大根切りに「武器(フライパン)」を振り下ろすと、「ヤツ」の正面から
見事にヒットし、そのまま床の上にねじ伏せた。

 「やった…、やった…、はぁ…」
 「「舞美ちゃん!」」

 栞菜と千聖がドアを開けて飛び込んできた。舞美ちゃんは一気に緊張が抜けたせい
で、そのまま腰が砕けたようにへたり込んでしまった。それでも気を取り直すと、し
ぼり出すような声で話し始めた。

 「栞菜…、こいつらに…、スプレーかけて!」
 「舞美ちゃん!、大変!、血が出てる!」
 「分かってる…。すぐに…、消毒しよう」
 「なっきー!、薬箱!」

 栞菜はリビングに向かって叫んだ。そして舞美ちゃんは栞菜と千聖の肩を借りて、
リビングへと「避難」してきた。私と愛理とで、すぐに傷口の消毒を始めた。

 栞菜がキッチンのシンクの中に向かってスプレーをかけると、中の「ヤツら」は暴
れまわり、スプレーの薬剤がキッチンに充満してしまった。たいした生命力だ。それ
で仕方なく、栞菜も千聖もリビングに「避難」してきた。

 「あいたっ!、ちょいしみるんですけど…」
 「ごめんね。動かないで」

 汗だくの舞美ちゃんの頭を膝枕に抱き、消毒薬を脱脂綿につけて傷口と、流れ出た
血をぬぐった。みんな心配そうに舞美ちゃんの顔をのぞき込んでいる。

 「舞美、大丈夫?」
 「舞美ちゃん…」
 「大丈夫大丈夫!。へへ、なっきーの膝枕なんて、久しぶり〜」
 「そだね。久しぶりだね。舞美ちゃん、ご苦労様」

 「あー、これで全滅だったらいいんだけど〜」
 「分からないね。でも、ほとんど始末できたんじゃない?」
 「そうであってほしい。ちょっと疲れたわ〜」
 「舞美、ずっと『戦って』たもんね。ちょっと寝たら?」
 「うん、ちょっと寝るわ…」

 そう言ったきり、舞美ちゃんは眠ってしまった。私の膝の上に頭をのせたままで。

●AM04:30

 スプレーの薬剤が充満しているキッチンにはしばらく入れそうもないから、栞菜と
千聖は、再び「重装備」に身を包み、家の中を「パトロール」に出かけた。

 もう室内の灯りをつけなくても歩けるほどに、外からの光は明るくなっていた。天
井裏への入口のところに来ると、さっき舞美ちゃんと栞菜が「噴射装置」でスプレー
をまいたときのまま、イスがふたつ並んでいる。

 「あれ?」
 「どしたの?」

 栞菜が首をかしげた。あのとき退治したはずの「ヤツら」の死骸が消えている。

 「さっき、3匹退治したはずなのに…、その死骸がない!」
 「えっ?!」
 「千聖、片付けた?」
 「いんや。片付けてないよ。ここにも来てないし…」

 「誰も来て…いないよねぇ?」
 「舞美ちゃん?」
 「舞美ちゃんも来てないでしょ」

 「じゃあ誰が?…」
 「だってあのとき、ちゃんと『潰した』はず…」

 二人は目を見合わせた。

 「まさか…、生き返った?!」
 「そんなバカな!?」
 「どうしよう…、天井裏…、あけてみる?」

 もしも、退治したはずの3匹が生き返って逃げたのだとしたら、天井裏でスプレー
で「退治」したはずの、たくさんの「ヤツら」は、今どうなっているんだろう?。

 ほんの少しの沈黙のあと、栞菜が意を決するように言った。

 「確かめよう…」
 「えー、舞美ちゃんが起きてからでもいいじゃ〜ん」
 「だって、もし死んでなかったら、まだたくさんの『ヤツら』が生きているってこ
  とでしょ?、そしたらまた襲ってくるかもしれないんだよ?」
 「そんなこといったってぇ〜。たくさん死んでるかもしんないんでしょう?」
 「死んでたら死んでたで、それでいいじゃん。片付けは朝になってからでいいんだ
  し。今は確かめるだけ…」
 「でもなぁ…」

 「そうだ、舞ちゃんのサングラスを借りよう!」

 頭にタオルを巻き、サングラスをかけ、マスクをしたその姿は、二人が知るはずも
ないけど、まるで「月光仮面」のようであった。暑いけど、もうそんなことどうでも
良くなってきた「ノリのいい」二人だった。

 「よし、いくぞ〜!」
 「ウッス!」

 ふたたびさっきの場所に戻ってきて、栞菜は入口のフタの取っ手に手をかけた。理
由もなく二人は息を止めてみた。フタをあけると、さっきのようにフンや卵は落ちて
こなかった。入口の近くにひもの切れた「スプレー噴射装置」が置かれていたが、死
骸は見当たらない。

 千聖が懐中電灯をつけて、入口から顔をのぞかせた。

 「ない…、死骸が、一匹もいない」

 電灯で照らされた先には、「おせんべいの缶」が倒れていたが、やはりその周辺に
も、奥のほうにも、「ヤツら」の死骸は一匹も落ちていなかった。

 「うそ…、信じられない…」
 「なんで?…」
 「どうしよう…、アイツら死んでないの?!…」
 「そんな…」
 「ちょっと私にも見せて!」

 千聖は唖然としてイスから降りた。入れ替わりに栞菜も懐中電灯を受け取って天井
裏をのぞいた。天井裏はどこを見渡しても、やはり「アイツら」の死骸は一匹も落ち
ていなかった。

 二人は呆然としたままリビングへ戻ってきた。

 「「「「そんな…」」」」

 えりかちゃん、私、愛理、舞ちゃんも、やはり二人と同じ反応だった。こんなとき
に栞菜と千聖がウソをついているとも思えない。でも二人の言っていることは、どう
考えても信じられない状況だ。

 ずっとリビングにいた私たちと違って、栞菜と千聖は天井裏やキッチンで「激闘」
を重ねたはず。実際に舞美ちゃんはケガまでしているのに…。

 「ねえ…、キッチンは?…」

 舞ちゃんが口を開いた。みんなの目が、いっせいに舞ちゃんを見て、それからキッ
チンの入口のドアへと流れた。栞菜と千聖がそのドアに近づく。

 「まだ薬残ってるかもしれないからね」
 「気をつけてね」

 私たちは、二人の背後から声をかけた。さすがにキッチンの中を一緒に見る勇気は
なかったけど、二人を応援する気持ちだけは伝えたかった。栞菜がドアノブに手をか
け、千聖が右手にスリッパを、左手にスプレーを構える。

 「いくよ?」
 「OK」

 勢いよくドアを開けると、ほんの少し薬剤の匂いが流れてきた。

 「どう?…」
 「いや、ここからじゃ…」

 二人はそろりそろりと足を踏み入れていった。シンクにかぶせてあったネットが、
シンクの下に落ちている。シンクの中を、おそるおそるのぞいてみる。

 「いない…」
 「いない!」
 「なんで?!、ねえなんで?!」

 シンクの中は「からっぽ」だった。あれだけたくさんの「ヤツら」を囲い込んで、
ネットをかぶせてスプレーをかけたのに。その死骸の一匹すらいなくなっていた。
栞菜が振り向こうとしたとき、足に当たったフライパンのところにも、舞美ちゃん
が退治したはずの「大ボス」の姿はなかった。

 「「いやあぁーーーっ!」」

 二人はわけもわからずに叫んでいた。キッチンを飛び出し、リビングに駆け込み、
ぴたりと立ち止まって、リビングの中を見渡した。

 「キッチンも、死骸がない…」
 「アイツら、死んでない…」

 二人は宙を見つめたまま、私たちにそれだけ伝えた。

●AM05:00

 「とうとう朝になっちゃったね…」

 頭にタオルを巻き、サングラスで「武装」した舞ちゃんが、すっかり明るくなった
外を見つめながらそういった。

 「疲れたね…」

 両手に「武器」を持った千聖が、ソファに身を投げ出し、天井を見上げながらそう
いった。

 「まだまだ、本当の戦いはこれからよ…」

 えりかちゃんもやはりタオルを頭に巻き、「武器」をしっかりと手に構えながらそ
ういった。でも、その目はまだギラギラと緊張していて、部屋の中をじっくりと見回
しているのであった。

 戦いに疲れた「戦士」、舞美ちゃんと栞菜は、部屋の真ん中にぐったりと横になっ
て眠っている。私と愛理は、その二人を守るようにして、やはり部屋の真ん中で、周
囲を警戒しながらおびえているのであった。

 「ねえ…、ノラだ」

 舞ちゃんが庭を指さした。みんなの視線がいっせいにそっちを向く。そこには、ゆ
うべ「アイツ」を食べてしまったネコが、同じ場所で、こちらを見て座っていた。

 「あのネコ…」

 「…」

●AM05:30

 「あ、あれ?…」
 「なに?、どうしたの?…」
 「んっ?、あれ?、眠ってた?私たち?…」

 さっき庭にいたネコを見てから、何分かの記憶が飛んでいる。みんなそろって眠って
しまっていたようだ。ネコはもう、庭から姿を消していた。私はいったい何が起きたの
か分からなくて、飛んでしまった記憶の部分を取り戻そうと、必死に思い返していたの
だけど…。

 「ねえ、さっきのネコ…」
 「ノラ?」
 「あそこで、私たちを見てたよね?」
 「うん、見てた」
 「ネコ見たら、眠くなった?」
 「眠らされた?」
 「え?、ネコに?!」
 「あのネコが?!」

 「それにさ、あのネコ、おなか膨らんでたよね?」
 「あ、私もそれ見た!、なんだかすごい膨らんでた」

 「…」

 それっきり、わたしたちは言葉を失ってしまった。お互いに顔を見合わせ、起きた
ことが理解できない…、というよりも、理解したくないような雰囲気だったから。

 話しの流れを変えようと思ったけど、いい話題がなさそう…。

 「あ、愛理!。ホイホイハウスは?」
 「あ、そうだ!、かかってるかも!」

 リビングには、ホイホイハウスを3つ仕掛けていたはず。私はそれらを置いた場所
をチェックしてみた。

 「あっ!、でも…、どうして?!」
 「やっぱり…」

 ホイホイハウスには、3つとも、「ヤツら」が捕まった形跡が残っていた。でも、
触角や足が残っているだけで、「ヤツら」の死骸とか、本体とかはひとつも見つから
なかった。

 私は庭に飛び出して、さっきのネコが座っていたあたりを見回した。なにかヒント
になりそうなものがないかと思ったけど…。

 「毛…?」
 「えりかちゃん、この毛、キッチンで見たのとおんなじ?!」

 えりかちゃんも私に続いて庭に下りてきていた。

 「どれどれ?、あ、そう。そうだ。やっぱりあのネコ…」
 「キッチンにいたんだ…」
 「じゃあ、おのお腹は…」

 私もえりかちゃんも、同じことを想像して震え上がった。

 とはいえ、家の中には「ヤツら」の死骸が見当たらず、生き残った「ヤツ」もいな
いだろうということになって、リビングとキッチンの空気を入れ替えようと、窓を全
部開け放った。舞美ちゃんと栞菜はまだ寝ているけど、全然起きそうにないし。

 「今日はお昼寝しなきゃね」
 「っていうか、朝から寝るでしょ(笑)」
 「でも、やることもたくさんあるんだなあ」
 「あるねえ、お掃除とか修理とか…」
 「まずシャワー浴びたいかな」
 「私もそう!」

 「いったいなんだったんだろね。ゆうべは…」
 「わかんない。でも疲れた」

 朝日がさんさんと降り注ぐリビングで、わたしたちは昨日の夜の大騒ぎを、なんだ
かもうなつかしい出来事のように思い返していた。

●AM06:00

 昨日の「不法投棄」されたゴミを片付けるために、おとなりの山寺さんがやって来
た。垣根越しに、庭で深呼吸をしているえりかちゃんと舞ちゃんの姿が見えた。

 「『おは〜!』、えりかちゃん、早起きだねえ。なんだ?、朝から大掃除?」
 「おはようございます。ええ、似たようなもんです」
 「やまちゃん『おは〜!』、舞も手伝ってんだよ〜」
 「『おは〜!』、舞ちゃんも早起きだねえ」
 「あ、ゴミですね?、ありがとうございます」

 えりかちゃんと舞ちゃんは、山寺さんのほうに駆け寄った。

 「いえいえ、どうってことないですよ。あれ?、あれえ?…」
 「どうしたんですか?」

 山寺さんは3つのゴミ袋を持ち上げて、不思議そうな顔をしている。

 「中身がカラッポみたいだねえ、コレ」
 「あっ、ゆうべネコがあさってました!」
 「そう?、でもね、どっこも穴が空いてないみたいなんだけど…」
 「あれえ?、ホントだ…」

 中身こそ見ていないものの、昨日は確かにパンパンに膨れていたゴミ袋だったのに、
山寺さんが持ち上げている「それ」は、まったく何も入っていないかのようにしぼん
でいた。

 「どういうこと?」

●AM09:00

 朝一番で電気屋さんに来てもらい、クーラーがつかなくなった原因を調べてもらった。
裏にある配電盤に、黒焦げになった「ヤツら」の一匹が落ちていたということだ、ど
うやら「そいつ」がクーラーの配線だけをショートさせたらしい。キッチンの照明も
修理してもらった。

 やっと起きだして、ボーッとしていた舞美ちゃんに、舞ちゃんが話しかけてきた。

 「舞美ちゃん、昨日のネコいたじゃん?、ノラ」
 「うん、いたねえ」

 舞ちゃんは、あのネコが「アイツ」を食べたシーンを目撃していない。

 「あのネコねえ、実は宇宙人だったんだって」
 「宇宙人?、なんだそれ?!」
 「遠い星からねえ、敵の宇宙人を追いかけてきたんだって。敵の宇宙人はね、地球
  を侵略しに来たんだけど、あのネコの宇宙人はそれを止めるために来たんだって」
 「うっそ〜?!」

 舞美ちゃんには「舞ちゃんの作ったおとぎばなし」くらいにしか思えなかった。

 「だってそう言ってたんだもん。それでね、敵の宇宙人を全部退治できたんだって、
  だから帰っちゃうって。『みなさんのご協力に感謝します』って、言ってたよ」

 「マジ?…」

 舞美ちゃんはじっと庭のほうを、あのネコがいた場所を見つめていた。

おしまい

●エンドロール

             「夏の夜の怪」

       −− テーマソング・イメージ −−

  ザ・バスターズ・ブルース  森高千聖
                   (作詞:森高千里/作曲:斉藤英夫)

        −− 挿入歌・イメージ −−

       まっくら森の歌  谷山浩子
                   (作詞:谷山浩子/作曲:谷山浩子)

        せんこう花火  モーニング娘。
                   (作詞:つんく/作曲:つんく)

        −− キャスト・イメージ −−

          矢島 舞美   矢島 舞美
          矢島えりか  梅田えりか
          矢島 早貴   中島 早貴
          矢島 栞菜   有原 栞菜
          矢島 愛理   鈴木 愛理
          矢島 千聖   岡井 千聖
          矢島 舞.   萩原 舞

          やまちゃん   山寺宏一
              ノラ  ???
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