みずいろの物語
●水色のノート

 「(だ・れ・に・し・よ・う・か・な?)」

  −−コロロンッ−−

 「お、『1』と『6』だ」

 「(そうだなあ、思いっきり、夏っぽいのがいいな…)」

●夜

 「舞美、お電話よ。長谷沼くんから。珍しいわね」
 「は〜い!、今行きま〜す」
 「(まったく、なんで『家電』してくるかな〜アイツ…)」

 舞美はらせんの階段を駆けおりて、ホールにある電話の受話器をとった。舞美のあ
とを追うようにして、開け放たれていた窓のレースのカーテンが、ふわっと踊った。

 「長谷沼くん?、なんで家に電話かけてくるの?」
 「<ゴメン、携帯のバッテリー切れちゃって。家の番号しか覚えてなかったんよ>」
 「ふーん。で?、今日はどこにいるの?、またバイト?」
 「<ほんとゴメン!、店の先輩に突然『つきあえ!』って言われちゃってさあ、ホ
  ント申しわけない!。埋め合わせは必ずするから!>」
 「これで2回目よ?、あたし別に、長谷沼くんがいなくたって、買い物できるんだ
  けど…」
 「<ほんとにほんとにゴメン!、もう一度だけチャンスを!!マイミサマ〜!>」
 「許さない…。今晩じゅうに2000文字以上の反省メールを提出しなさい」
 「<そ、それはちょっと…>」
 「つべこべ言わない!、でないとお別れよ!!」

 −−ガチャンッ!−−

 舞美はわざと乱暴に電話を切った。時計は夜の9時をまわっており、その音は屋敷
の広いホールに響き渡った。

●水色のティーカップ

 「お姉ちゃん、厳しいなあ」

 振りかえると、妹の舞が立っていた。

 「なに?、聞いてたの?」
 「ううん、たまたま通りかかっただけ。長谷沼くん?」
 「そうよ。まったくアイツ…。約束やぶってばっかり!」

 二人は手をつないでらせん階段をのぼり、舞美の寝室に向かった。部屋に入ると、
インターホンで家政婦に「カモミールティ」をいれてくれるようにお願いし、二人で
ベッドに座った。

 「長谷沼くん、けっこうカッコいいじゃん。わりと正直だし」
 「どこが正直よ?!、ドタキャンばっかりで…、せっかくOK出してあげた意味な
  いじゃん!、待たされるほうの身になってみろっての」
 「今までずっと待たせてたの、お姉ちゃんじゃん(笑)。何年?、長谷沼くんがお姉
  ちゃんのこと『好きだ』って、みんなの前で宣言してから…」
 「あれは小二だったっけ…、10年か…、あ、そうか10年もたってるんだ。あは
  は、そりゃ長いやあ」
 「あははって…、『S』だなあ、お姉ちゃんは」
 「たまたまよ〜。長谷沼くんなんて、まるっきり『幼なじみ』みたいなもんだから、
  恋人気分になれなかっただけの話しぃ」

 家政婦がドアをノックして、二人分のお茶を運んできてくれた。それを飲みながら、
二人の「恋バナ」は続く。

 「来週こそデートしなくちゃね。バーゲンも終わっちゃうし」
 「どうせ長谷沼くんは『荷物持ち』にするつもりなんでしょ?」
 「そうよ。それ以外に役に立つこと、なさそうだしぃ」
 「強がり言っちゃってぇ。お姉ちゃん今日、会えなくて泣いてたくせに〜」
 「泣いてなんかないってば!。ちょっと心配してただけ」

 舞はティーカップを持ったまま、ゆっくりとベッドに仰向けになった。

 「でもなあ…、長谷沼くんって、なんか『いいひと』って感じするもんねぇ。畠山
  くんなんて、ホントに信用できないオトコだもん」
 「畠山くんって、今の彼氏ぃ?、経塚くんはどうしたの?」
 「アイツは『お友達』に格下げ、頼りにならないんだもん」
 「『信用できない』とか『頼りにならない』とか、小学生のセリフかっての。舞は
  オトコを見る目がないね」
 「だって、やっぱり『見た目』から入っちゃうじゃない?、実際にどうかは、付き
  合ってみないと分からないしね」
 「あんたホントに小学生〜?!」

 夏はもうすぐそこまで来ている。姉妹二人の「恋バナ」は、夜遅くまで続いた。

●朝

 一週間後、待ち合わせの駅の改札口に、長谷沼くんは約束の時間の5分前に到着し
ていた。実はその30分も前から待ち伏せていた舞美は、彼がちゃんと約束を守るか
どうか、遠くから見守っていたのだった。ちょっと安心した舞美は、時間ギリギリに
到着したフリをして、彼の背後から声をかけた。

 「お・ま・た・せっ」
 「よぉっ!、ああ、こないだはゴメン」
 「なかなかいい『作文』だったよ」
 「あれはきつい宿題だったよ。もうカンベンな」
 「あれで許してもらえるんだから安いもんでしょ?!、ありがたいと思いなさい。
  そもそも約束破らなきゃいいだけの話なんだからね!」

 なんだか眠たそうな長谷沼くんは、アゴにうっすらと無精ひげを生やしていた。な
んとなくカジュアルにキメているつもりなんだろうけど、ジーンズとはちぐはぐな色
使いのシャツが「アカヌケナイヤツ」を演出していた。ファッションセンスでは数段
上の舞美だから、そういうところはすぐに見抜いてしまう。

 「さあ〜て、今日はしっかり『おつきあい』してもらうからね〜」
 「ハイハイ、マ・イ・ミ・サ・マ」

 街はバーゲンのシーズンも終盤。どの店も大半の商品が売れてしまっていて、舞美
の「おメガネ」にかなうようなモノは、なかなか見つからなかった。十数件の店を巡
って、長谷沼くんの両手には紙袋が二つ。普段の舞美の買い物の量からは、考えられ
ないようなスローペースだった。太陽はいちばん高いところまでのぼり、ギラギラと
アスファルトに照り返している。風の少ない都会の真ん中、人ごみの中で汗を拭くの
が、急に不快なことに思えてきた。

 「ああ、もう疲れた。ちょっと休みましょう」
 「その言葉を待ってたよ。クタクタだぁ!」
 「あら、疲れてたんなら、ちゃんと言ってよ」
 「『マイミサマ』の手前、そんな弱音は吐けません」
 「なにそれ?!、それじゃまるで私がいじわるしているみたいじゃない?!」
 「いじわるじゃないよ。召し使いが『あるじ』に注文なんてできるわけない
  じゃん」

 「ちょっとぉ、なぁに『あるじ』ってぇ?!」
 「そうだよ。知らなかった?、今日はキミは『女王様』なんだよ」
 「『女王様』なんて聞こえが悪いわ。せめて『お姫様』にしてよ」
 「ハイハイ、お・ひ・め・さ・ま。少々お待ちくださいませ」

 そういって長谷沼くんは通りに飛び出し、タクシーを拾って舞美を手招きした。

●水色の時間

 タクシーに乗り、5分ほど走ったところで降りて、舞美の目に入ってきたのは、大
きくて真っ黒なビルだった。

 「なにここ?」
 「ちょっと物騒に見えるけど、まあ入って。休憩するにはうってつけのところ」

 入口の黒いドアの横には「AQUA TIME」と書かれた小さなロゴが見える。どうやら
喫茶店のようだ。長谷沼くんはドアを開け、舞美を先に行かせた。

 「暗いから、足もと気をつけて」

 外の明るさに比べると、店内は真っ暗闇に思えるほど暗くて、最初の数歩は、手探
りして進む感じだった。ようやく目が慣れてきて、奥のほうに入っていくと、中には
ライトアップされた大きな水槽があって、たくさんの熱帯魚やクラゲが泳いでいる。
その水槽に囲まれるようにして、いくつかのテーブルが置かれていた。

 「うわあ、きれい…」
 「いい感じでしょ?」

 ウェイトレスに案内されて、テーブルのひとつにつく。深海をイメージしたような
壁面の装飾と、間接照明の暗さも手伝ってか、店内はいちだんと涼しく思える。汗が
額からスウッとひいていくのを感じていた。

 「何か食べる?」
 「あ、でも今朝、けっこう食べてきたから、まだお腹すいてないや。飲み物だけお
  願いするわ…」
 「へえ、まさかダイエット中?」
 「そんなわけないでしょ!」

 長谷沼くんはランチメニューから「ハンバーガーランチ」を、舞美はドリンクメニ
ューから「ベリーミックススペシャル」をオーダーした。

 「けっこういいお店知ってるのね」
 「ネットで調べたんだ。『マイミサマ』にお似合いの店はこんなとこだろうな、と
  思ってね」
 「へー、私の好みがおわかりですかぁ?」
 「だって、小学校のとき、ずっと『きんぎょ係』やってたじゃん」
 「そ、そこ〜お?!、ずいぶんと古い話を持ち出してくれるわねえ」

 水色にライトアップされた水槽には、ネオンテトラやグッピー、エンゼルフィッシ
ュなど、大小さまざまな熱帯魚が泳いでいる。クラゲは仕切られた別の水槽で、優雅
にゆっくりと漂っている。どこからか水の流れる音も聞こえてきて、ぼんやりと眺め
ているだけで、時間がたつのを忘れてしまいそうになる。

 オーダーしたものがテーブルに届き、舞美は長谷沼くんがハンバーガーを黙々とほ
おばる姿を見ていた。お店はとってもオシャレなのに、目の前の「恋人」は、なんだ
かワイルドでマイペース。そんなシチュエーションがおかしくて、舞美はクスッと笑
ってしまった。

 「なに?、なんかついてる?」
 「いや、よっぽどお腹がすいてるんだな、と思ってね」
 「そりゃそうさ、ゆうべバイトで疲れきって、そのまま寝ちゃってさ。今朝はあわ
  てて起きて、シャワーだけ浴びて飛び出してきたからね」
 「どうしてあんたはそう毎日のように忙しいのよっ」

 舞美は棒読みのセリフでしかりつけた。そして、半分ほど飲み終わったグラスを顔
の前に持ち上げて、中の氷を踊らすように軽く振ってみせ、長谷沼くんに目配せした。

 「で?」
 「『で?』って?」
 「『でって?』じゃないでしょう?!、夏休みはどうするの?」
 「え?、あ、まだ考えてなかったや…」

 舞美はあきれて、ため息をついた。

 「あのさぁ…、いったいなんのためにバイトしてんのよ〜ぉ。せっかく『彼女』に
  なってあげたんだからさぁ、もう少し彼女らしい扱いしてよぉ」
 「えっと、ゴメン。結構バイトの予定が入っちゃってるんだよなあ…」
 「あんた、私よりバイトが優先なのぉ?」
 「あ、いや、ホント申し訳ない。『マイミサマ』」

 「…」

 舞美はしばらく押し黙って、今度は腕を組み、目を見開きながら話し出した。

 「ねえ、その『マイミサマ』っての、やめてよ」
 「え?、だって、いいじゃない、お姫様なんだから」
 「よくない。普通に『舞美』でいいじゃん。今までだってそう呼んでたんだし」

 「…」

 今度は長谷沼くんの方が押し黙ってしまった。

 「どしたの?」

 食べ終わったランチのプレートが下げられ、長谷沼くんはテーブルにひじをつきな
がら話し始める。

 「なんかさ、こないだまで友達だったのに、急に『恋人』になっちゃって、あせっ
  てんだよね、オレ…」
 「なんで?」
 「だってさ、よくよく考えたら、やっぱり立場の違いって、あるじゃん?。君はお
  金に不自由しないお嬢様だけど、オレはバイトしなくちゃ、学生生活もまともに
  過ごせないパンピーだし…」
 「なにそれ…。そんなの、気にしなきゃいいじゃん!」
 「気にしていないつもりだったけど、なんかさ…、やっぱり難しいんだ。友達なら
  それでいいけど、いざ『恋人』って関係になったとたん、『やっぱ、釣り合わな
  いよな』って、妙に意識しちゃってさ…。ホラ、小学生や中学生のノリとは違う
  じゃん、やっぱし」

 「バカじゃないの?」
 「いや、ホント、バカだと思うよ、自分でも。でもさ、オレって…、いや、オレじ
  ゃなくても、男って、カッコつけたがりなんだよね、どうしてもさ。舞美ちゃん
  の恋人になれた以上は、胸を張って歩きたいじゃん?、どんなときでも『舞美は
  オレの恋人だあ!』って、守ってあげたいじゃん」

 話しの流れ的に、長谷沼くんはなぜかガッツポーズになっていたんだけど、舞美は
その姿を、ちょっと上目遣いに、じっと見つめている。そしてほんの少し、沈黙の時
間が流れた。

 「…ねえ、今まで私が付き合った人、何人か知ってる?」
 「ああ、2人…かな?」
 「ブー!、残念。正確には3人」
 「あれ?、他に誰かいたっけ?」
 「去年の夏、アメリカにステイしてたときに付き合った人がいるの、1ヶ月で終わ
  ったけどね」
 「そうかぁ、それで知らなかったんだ…」

 「その人にね…。プロポーズされちゃったんだ。それで気づいたの」
 「なにが?」

 「あたしもね、立場ってものに縛られてたんだって、ね。自分に釣り合うような男
  の人って、どんな人だろうって、そういうところばっかり気にしてた。お父さん
  やお母さんのために結婚するわけじゃないのに、相手の家族とか、学校とか、そ
  んなとこばかり見てたの。それで実際にプロポーズ受けちゃったら、結婚式の日
  に自分のとなりに立っている人を想像しちゃってさ。この人と永遠の誓いを交わ
  すんだって…。でもね、想像の中の、その人の顔は、違う人だったの」

 「え?、誰?」

 「…」

 「あんたねえ…。い・わ・せ・る・気ぃ?」

 そういって舞美は、長谷沼くんの足を思いっきり踏んづけた。

 「いてっ!」
 「コレ、おごりねっ!」

 低いうめき声とともに痛がる長谷沼くんをよそに、舞美はレシートをテーブルにた
たきつけ、そのままツカツカと店を出て行ってしまった。外に出ると、あいかわらず
太陽の光がさんさんと照りつけている。クーラーですっかり冷やされた体が、外の熱
気に包まれて、なんだかフワリとした気分になる。

 やがて、会計を済ませた長谷沼くんが、オーバーに片足をひきずりながら店を出て
きた。急に明るいところに出たせいか、振り向いてこっちを見る瞬間の舞美の姿が、
キラキラと輝いて見えた。

 「ねえっ!、映画見に行かない?!」
 「映画?!」
 「今、私の見たい映画!、わかる?!」
 「んーと、『バンディッツ・オブ・カナディアン』」
 「うっそぉ?!、なんで分かったの?、なんで即答?!」

 「そりゃあ…、主演のダグラスは、オレそっくりなんだもん」
 「オーマーエー!、調子にのってんじゃなーいっ!!」
 「ひえっ!、お許しくださーい!、『マ・イ・ミ・サ・マ』あぁ!」

 ショルダーバッグを高く振りかざした舞美を見て、長谷沼くんは両手に紙袋をぶら
下げたまま、一目散に映画館のほうへ向けて駆け出していた。走りながら、中学生の
ころは、短距離でも長距離でも、一度も舞美のタイムに勝ったことがなかったことを
思い出していた。

 街路樹の下を走り抜ける二人。木漏れ日から差す、太陽の光がまぶしかった。

●夜明け前

 「『お・し・ま・い』っと…」

 (コンコン…)

 ドアがゆっくりと開き、愛理がそっと顔だけのぞかせた。

 「ナッキー、まだ起きてたのぉ?」
 「あれ?、愛理?、トイレ?」
 「うん、ゆうべスイカいっぱい食べちゃったからね。また小説書いてんの?」
 「あー、もーこんな時間か…。ついつい熱中しちゃうんだよねえ。今ちょうど書き
  終わったとこ」
 「今回の主人公はだ〜れ?」
 「サイコロの『1』と『6』、舞美ちゃんと舞ちゃん。けっこうケッサクになった
  よ〜お」
 「また見せてね。おやすみぃ〜」
 「おやすみ」

 愛理は眠い目をこすりながら、そっとドアを閉めた。私は水色のノートを閉じて、
机の照明を消した。

おしまい

●エンドロール

               「みずいろの物語」

           −−テーマソング・イメージ−−

        愛と太陽に包まれて  モーニング娘。
                       (作詞:つんく/作曲:つんく)

             −−キャスト・イメージ−−

              矢島早貴  中島早貴
              矢島愛理  鈴木愛理

                 舞美  矢島舞美
                  舞   萩原 舞

                長谷沼  ????

                家政婦  渡辺えり子
             ウェイトレス  亀井絵里
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