ゴールデン初デート
……パタン!

待ち合わせ場所の駅前で、時間を確認したケータイをちょっと乱暴に閉じて
愛理はつぶやいた。

「遅いなあ、もぅ!」

……まったく、初デートの約束に遅れるなんて信じられない。
一人待ちぼうけをくらった愛理は心の中で憤っていた。
その時、正面からやってきたデートの相手が愛理を見つけ、手を振りながら駆けて来た。

「ごめーん、待ったーー?」
「遅いよ、栞菜ー!早く早く、もう電車が出ちゃう!!」


駅から目的地に向かう電車に乗ると、ギリギリ二人並んで座れる空席があった。
二人は背負っていたリュックを膝の上に乗せ、体を密着させて横並びに座った。

「まったく、せっかくの初デートに遅刻ってのはどういうことだ!
 さっそく減点1だよ、減点1」

『初デートの心得』に違反した栞菜に愛理が言った。

「だってお洋服選ぶの時間かかったんだもん。ねえ、今日のファッションおかしくない?」
「大丈夫、かわいいかわいい」
「本当?」
「本当だって」
「そう?よかったーー!!」

嬉しそうに答える栞菜を見て、愛理の憤りも簡単に萎んでしまった。
そして(栞菜はデートを本当に楽しみにしてるんだな)とあらためて思った。

「でも同じ所に住んでるんだから、別々に家を出て待ち合わせる必要ないんじゃないの?」
「だって一緒に家を出るとデートの感じがしないでしょ?ドキドキしながら
 待ち合わせるからデートなんじゃん」
「ふーん、そんなものなのかな?」
「そうだよ、そんなものだよ」

栞菜はそう言うと、正面を向いて窓から流れる景色を眺め鼻歌を歌いはじめた。
(…栞菜はキレイな顔をしているなあ)と、愛理はその横顔を眺めて思った。
(性格はえりかちゃんに似たんだな、黙ってさえいれば美人できっとモテるのに)
愛理がそんな事を考え、栞菜の普段のお喋りぶりを思い出してニヤニヤしていると、
隣に座る栞菜がふいに腕を組んできた。

「…ちょ、ちょっと栞菜何してんの!?」
「これくらい密着してたら腕を組んでも自然でしょ?」
「で、でもホントに腕なんか組んじゃうの!?だってこれが初デートだよ!?」
「いいじゃん、ホントに好きだったらこれくらい当たり前ジャン!」
「好きだったらって、当たり前って、えっ、え〜〜!?」
「あはは愛理、顔真っ赤だよ〜!」

顔が熱くなっていくのを感じた愛理は、
今日のデートはどうなることやら、とちょっと不安になった。


電車を降りて10分ほど歩くと、今日のデートの目的地である遊園地に着いた。
遊園地に動物園とプールまで併合された、人気のレジャースポットだ。
入り口からすでに、遠くに巨大な白い山のようなものが見える。
あれが『世界初の水上木製コースター』が売りの、この園のアトラクションでも
一番人気の巨大ジェットコースターだ。
愛理の今日一番の楽しみはこのジェットコースターに乗ることだった。

「ねえ栞菜、あのジェットコースターに乗ろうよ!」
「ちょっと待って愛理、ここ読んでみて」

栞菜は、ポケットから可愛いメモ帳を取り出して開いて言った。
それは、ナッキーが『初デートの心得』として調べて書いてくれた『ナッキーメモ』だった。
栞菜が開いたナッキーメモの頁にはこう書かれていた。

『 ※ナッキーメモ
 〇ジェットコースター
 遊園地で初デートをすると別れるってジンクスが意外と多いの知ってる?
 それは実は人気のアトラクションに並ぶと、待ち時間が長くて間が持たないから。
 だから、初デートでは長い時間並ばなければいけない絶叫マシーンのような
 人気アトラクションは避けること!「怖くて乗れない」と可愛く言って逃げちゃえ 』

「…だって。だからジェットコースターは無しね」

そう言って栞菜は両手で大きく×印を作ってみせた。
だが愛理はもちろん納得がいかない。

「でも今日はウチら二人なんだからいいじゃないかー!!」
「乗り物券だって高いんだし、私は来週も来なきゃいけないんだからダーメ!」
「えー!?それじゃあたし今日何のために来たのかわからないよー!
 それに栞菜なんて人一倍オシャベリで、間が持たないってタイプでもないじゃないか!!」
「…何か言った!?」
「…ううん、何にも!!」

栞菜に睨まれて愛理は黙ってしまった。

…ううう悔しい、こうなったら思ってた事全部言ってやる。

「もぅ、第一デートのリハーサルなんて聞いたことがないよー!!」
「だって、相手はあの佐藤君なんだよ!?ライバルだっていーっぱいいるのに
 栞菜を選んでくれたんだよ!?だから初デートは絶対失敗したくないじゃない!?」

栞菜が興奮しながら捲くし立てた。
相変わらず佐藤君の事になるとすぐ熱くなる、と愛理は思った。

佐藤君とは、栞菜の一学年上の先輩で、なんでも超イケメンで学校の有名人らしい。
愛理が「そんな人知らない」と言ったら「愛理もマンガばかり読んでないで
現実の男の子に少しは目を向けなよ」とバカにされた。
「イケメンの子を見たらすぐ好きになる栞菜よりはマシだー」と言い返したかったが
栞菜の真剣な目を見て、喧嘩になりそうだったので我慢した。(大人だなあたし、と思った)

とにかく、佐藤君の事を語る栞菜はいつもそれぐらい熱かった。
そんな栞菜が佐藤君に、ついに「つきあって」と告白をしたのが一昨日の金曜日。
何と「OK」の返事をもらい、お互いのメルアドを交換して、来週の日曜日の
デートの約束までして帰ってきた。
天にも上らんばかりの気持ちで浮かれていた栞菜だったが、やがて冷静になり、
静かになり、そして段々ふさぎこんでいってしまた。

明るく見えて、実は心配性でいつも物事を深く考えすぎてすぐに悩んでしまう栞菜。
「デートで何か失敗しちゃったらどうしよう」「嫌われちゃったらどうしよう」と
不安で落ち込む栞菜に、ナッキーが初デートを成功させるマニュアル『ナッキーメモ』
を作ってくれたのが土曜日。

栞菜はそれでも安心できず、「せっかくナッキーがこんなメモまで作ってくれたのに、
本番になったら開いて読んでる余裕なんて無いじゃん!?」と、デートの前週の日曜日に
「デートが成功するようにリハーサルやろうよ」なんて言い出したのだ。
そして今日、その初デートのリハーサルに付き合わされてるのが愛理だった。

「それにしても何でデートの練習相手があたしなのよ?
 えりかちゃんだって舞美ちゃんだっているじゃん」
「だって、えりかちゃんは遊園地じゃ絶叫系とかお化け屋敷とか怖いのは一切駄目だし、
 舞美ちゃんだと逆にデートそっちのけで絶対自分だけ楽しんじゃうじゃん?」

うん、たしかにその通りだと愛理も思った。

「それに千聖とマイじゃデートじゃなくて保護者になっちゃうし、
 ナッキーはいかにも女の子って感じで男の子役でデートは無理でしょ?」
「う…、じゃああたしは何なのよー!?」
「そんな細かいこと気にしないでいいじゃん、それにジェットコースターはダメでも、
 ちゃんとおすすめのアトラクションもあるよ。ほら、ナッキーメモ見てみて」

『※ナッキーメモ
 〇お化け屋敷
 吊り橋効果っていって、人は怖い時にいっしょにいる人に好意を持つんだって。
 だから怖いアトラクションは〇。お化けが怖いふりして相手に抱きついちゃえ!

 〇観覧車
 てっぺんが近づいたら「ここ、そっちから見た方が景色がいいんだって」って
 言って男の子の隣に座ってさらに新密度UP!てっぺんでは抱き合うなり何なり
 何をするかはご自由に。                         』

「…だって」
「……ナッキー、何考えてんだーー!!」

愛理はまた赤くなってしまった。
ともかく、こうして二人の初デート(リハーサル)は始まった。


「…それ、ア〜ニマルア〜ニマル♪」
「か、栞菜、変な歌唄わないでよ、デートでそれ減点1だよ」
「違うの、だって、これ何かしてないと酔いそうなんだもん!」

巨大なダックスフンドの背中に乗ってクルクル周る乗り物は
かわいい見た目と裏腹に思いのほか左右に揺れて気持ち悪かった。

「これは来週は乗らない方がいいね」
「…うん」


「あ、愛理が男の子役なんだから先に歩いてよ」
「嫌だよ!栞菜が先に行ってよ…」

 ヒュゥゥ〜〜〜…、
「キャーー!!ヤダーー!!」「今の何ーー!?」

不気味な洋館を模したお化け屋敷では、お互い抱き合いながら進んだ。

「…こ、こんな怖いの来週も入るのヤダ〜!」
「そんなこと言ってたら入るとこ無くなるじゃん」
「でも、こんなグシャグシャな顔見られたら嫌われちゃうよお」
「く、暗いからそんなの見えないって」
「でもサ、でもサ、もし佐藤君がお化け怖がったら幻滅しちゃうじゃん」
「そ、そんな訳ないじゃ…」

 ヒュゥゥゥゥ〜、ガタンッ!!
『キャーーー!!キャーーー!!』

こうして二人は、初デートのリハーサルを満喫していった。


「あー、お腹すいたー」
「こんな所にベンチがあるんだー、憶えておかなきゃ」

夢中になって遊んだ二人は、とっくに正午を過ぎた頃
やっと園内のベンチに腰を下ろした。

『※ナッキーメモ
 〇お昼ごはん
 お店に入ってごはんを食べると値段が高くつくよ。それより、
 やっぱり初デートは女の子の手作り弁当でポイントUP!でしょう 』

「…だって、それくらいわかってるよナッキー」

栞菜はそう言うとリュックからお弁当を出して膝の上に広げた。

「はいお弁当、実はねえ、これ栞菜が作ったの!」
「知ってるヨ、だってあたしも手伝ったじゃん」
「…もう、そういうしらける事言わない!」

栞菜が作ったお弁当は、ツナと卵とハムのサンドイッチに
から揚げや卵焼き、ウインナーなどのお弁当定番メニューだった。

「栞菜が食べさせてあげるね、はい、アーン」
「…やっぱりそれやるんだ、アーン」

愛理は照れながらも大きく口を開け、栞菜が箸でおかずを食べさせてくれた。

 モグモグモグ……、

「どう、おいしい?」

何でだろう!?今朝自分も作るのを手伝って、その時つまみ食いだってしたはずなのに
何だか味が違った。

「うん、おいしいよ栞菜」
「…佐藤君もおいしいって言ってくれるかなあ!?」

栞菜が心配気な顔をして訊いた。その瞳を見て愛理は気付いた気がした。
心配いらないよ、きっとおいしいって言ってくれるよ。
きっと、これが(愛の味)なのかな?と愛理は思った。

「……なんッツて、なんッツて、あたし何言ってんだ!?あはーーーー!!」
「こら愛理、また一人で何か妄想してる!」

一人で想像して照れて自分でつっこむ愛理の癖に、そんな愛理をよく知る栞菜があきれる、
キャーキャー騒ぎながら楽しいお昼ごはんの時間が過ぎた。


ゆっくりとごはんを食べ終えた二人は、そのままベンチに並んで
愛理がリュックに入れて持ってきた水筒のお茶をすすった。
慌ただしい遊園地の中で、自分達の周りだけ時間の流れがゆっくりになったような気がした。

「佐藤君今ごろ頑張ってるかな?今日塾の大事な試験なんだって」

栞菜が遠くを眺めるような視線で言った。

「栞菜が告白したらねえ、佐藤君、栞菜のこと知ってて『前から可愛いって思ってたんだ』
 って、『僕も好きだったよ』って言ってくれたんだ、キャー!!」
「あーあ、もう別の意味でご馳走様!だよ」

ちょっと羨ましいような、悔しいような、一人置いていかれたような気になった愛理は、
ベンチに置かれたナッキーメモを手に取りパラパラと開いてみた。

『※ナッキーメモ
 〇もしデート中に不良にからまれたら?
 自分を守ってくれるかどうか男の子の態度をよく観察する。
 自分を置いて逃げちゃうような男の子ならこっちからバイバイしちゃえ 』

「…ナッキーもホントに何考えてんだろ!?こんなマンガみたいなシチュエーション
 そうそうある訳ないじゃん、ねえ…」

そう栞菜に同意を求めようと横を向き、ベンチの後ろに人の気配を感じて愛理は身構えた。

「よお、そこのカップルよお!可愛い子連れてんじゃん!」
「そっちのお姉ちゃん、オイラたちと遊びに行かないかい?」

後ろから二人の低い声がした。

(ひぇ!ウソ!ウソ!本物の不良!?そんなバカな!?ヤダヤダ!!)

軽くパニクッた愛理と、同じく驚いた栞菜が振り向くと、
そこにいたのはサングラスをかけて顔をつくった千聖とマイだった。

「千聖〜〜〜!?」「マイ〜〜〜!?」二人は同時に叫んだ。
「エヘへへへ、どうだいお姉ちゃん?」

バレた千聖がそれでも構わずに声を作って笑顔で話しかけてくる。
ビックリしたのと怖かったのと、いろいろな感情を思い出し愛理はだんだん腹が立ってきた。

「もー、何だよ千聖ーー!!」
「マイちゃんも、何でいるのよー?」
「ごめんね、ナッキーメモ作ってたら千聖とマイに見つかっちゃってさ、
 自分達もデートに協力したいからどうしてもそれ書けって」
『ナッキーも!!』

千聖とマイの後ろにいたナッキーを見て、愛理と栞菜はまた同時に叫んだ。

「待って、って事は絶対……」

勘のいい栞菜が辺りを見回すと、後方の木の陰に隠れてこちらを覗いている
サングラスと帽子姿の二人を見つけた。

「えりかちゃんと舞美ちゃん!!」

栞菜が指を指すと、「バレた!?」と言う顔で帽子とサングラスを取り、
二人の姉が近づいてきた。

「もう、何でみんないるのよーー!!」栞菜が言った。
「だって栞菜はウチらの大事な妹だよ!?そんな栞菜の初デートだっていうのに
 保護者代理として相手の男の子の顔はちゃんと見ておかないといけないじゃん」
「そうだよ、それにもし危ない目に遭いそうになったら助けてあげなきゃいけないじゃん」

えりかと舞美ももっともらしい理屈をつけたが、でもみんなの魂胆はわかっていた。

「もう、みんな何だかんだ言って遊園地に来たかっただけでしょ!!」
「ピンポーン!」
「あははは、バレた?」
「だって栞菜と愛理だけ遊園地なんてズルいじゃん」

栞菜の問いに、みんなはあっけらかんと明るく答えた。

「そう怒んないでよ栞菜、あんた達どうせ今日は自分のおこずかいで来てるんでしょ?
 ウチらも来たんだし、今日はみんなの分私が出してあげるよ。
 そのかわり、来週のデートはちゃんと自分のおこずかいで来るんだよ」
「わあー、ありがとうえりかちゃん!!」
「私が出すって言っても生活費からだよ」「明日からきっとおかずが減るから」

千聖とマイが横からツッコミを入れた。
喜んでいる栞菜から少し離れて、ナッキーが愛理に言った。

「えへへ、来週のデート本番についていくよりはいいカナ!?と思って」

それもそうだな、と愛理は思った。
…いや、わかんないぞ。この人たちは面白いと思ったらデート本番でも
ついてきちゃうタイプじゃないか!?いつかあたしのデートの時にもこっそり
ついてこられたらどうしよう!?
愛理がそんなくだらない事を考えていると、ナッキーは言った。

「あたしたち愛理の一本遅い電車で来たの。でも電車の中でねえ…」

そこで栞菜の横顔をチラリと見て口が止まった。
その時ナッキーは、愛理が手にナッキーメモを持っているのに気付いた。

「…愛理ちょっとそれ貸して」

ナッキーは自分の手帳に挟んであったペンを取り出し、ナッキーメモを開くと、
空いている頁に何かを書き足し始めた。

「はい愛理、もし栞菜がこれに気付かなかったら、それでいいから」

ナッキーは何を書いたんだろう?気になった愛理は確認しようとしたが、
そこに二人分のおこずかいを貰った栞菜が嬉しそうに愛理に跳びついてきた。

「ねえ愛理やったよ!おこずかい貰っちゃった!
 これで今日もまだいっぱいアトラクション乗れるよ!」
「ホントに!?やったーーー!!」

それを聞いて浮かれた愛理はナッキーメモの事を忘れてしまった。


「じゃあ私達は別々に遊んで帰るから」「デートがんばってね」
「ありがとうみんな」「バイバーイ」

手を振ってみんなと別れた愛理と栞菜は、
さらにいろんなゲームやアトラクションを楽しんだ。

『ふれあい動物村』では、小っちゃくて可愛い動物たちをいっぱい抱っこした。
うさぎが連れて帰りたいほど可愛くて二人共夢中になった。

ジェットコースターには結局乗れなかったけど、いいんだ。
『メルヘン系のファンタジックなアトラクション』の誘い文句に釣られて乗った
空飛ぶカーペット型の乗り物が、急上昇と急降下を繰り返し思いのほか怖かったから。


そして時間はあっというまに過ぎていった。


「あー、今日は疲れちゃったね」

園内を二人並んで歩きながら愛理が言った。

「でもまだ大観覧車に乗ってないよ」
「あー、あのナッキーメモに『てっぺんで抱き合え』って書いてあったやつね。
 そんな事できる訳ないじゃん、ねえ」

そう言って愛理は照れくさそうに笑った。だが栞菜は笑わなかった。

「…ねえ愛理、今日はありがとうね」

ふいに栞菜があらたまって言った。

「こんなバカな事に付き合ってくれるの優しい愛理だけだと思ってる。
 ホントに感謝してる。ありがとう」

ギュッと手を握られた。だが今度は恥ずかしくなかった。
栞菜の気持ちがしっかり伝わったからだな、と思った。
二人は軽食やデザートを扱う、駅の売店を模した横長の店の前を通りかかった。

「愛理、お礼にソフトクリームでも奢ってあげるよ!」

栞菜が言った。だが売店前の丸テーブルと椅子が置かれたテラスは、
すでに家族連れやカップルでいっぱいだった。

「ありがと!じゃあ向こうの芝生で座って食べようよ」

少し離れた所に芝生があり、そこは同じようにテラスから溢れた家族連れや
カップルがポツポツと座っていた。

「わかった、愛理はあっちで座って待ってて。栞菜が買ってきてあげる」
「うん、待ってるよ」

栞菜が売店の軽い列に並んだ。
(栞菜も優しいよ、来週のデート本番も成功するといいね)
その後ろ姿を見て愛理は思った。

愛理は芝生に腰を降ろした。
芝生は、アイスやソフトクリームなどを手にした多くの家族連れやカップルに
点々と陣取られていた。
お互い近くなりすぎないように、場所を考えて座ったつもりだったけど、
目の前にちょうどカップルがきちゃったのは失敗だった、と思った。

目の前のカップルは、ちょうど愛理と同じ年くらいなんだろうか?
お互いが手に持ったソフトクリームを食べさせあい、文字通り甘い時間を過ごしていた。

「すごいなあ、もしあたしがデートしてもあんな事はできないな」

目の前のカップルのラブラブぶりにあてられた愛理がそう呟いていると、
愛理が座る横にソフトクリームが二つ落ちてきた。

「あー、もったいない!」

愛理がそう思って横を見上げると、棒立ちになって立っていた栞菜がいた。
栞菜はやがて振り向き、向こうへダッと走り去ってしまった。

「栞菜ッ!!」

愛理が慌てて後を追いかけていった。


芝生から遠く離れて、走り疲れた栞菜がトボトボ歩き始めた。
やっと追いついた愛理が横に並ぶが、栞菜は口を開こうとしない。
理由はわからないが、愛理も同じく話し掛けられずにいた。
栞菜の瞳の涙が、決壊寸前なのがわかったからだ。

(どこか二人きりになれる場所…)

愛理は考えて言った。

「栞菜、観覧車にまだ乗ってなかったじゃない、観覧車に乗ろうよ!」


少し並んで、栞菜と愛理は観覧車に乗った。
観覧車の中で向かい合って座ったが、待っている間も、そして観覧車の中でも、
栞菜は下を向いたまま一言も口を利こうとしない。
(う〜ん、どうしよう!?……あ!!)
考えあぐねた愛理だが、ふと触れたポケットにナッキーメモの感触を感じて
あることを思いついた。

「ピロリ〜〜ン!!」
「……キャッ!!どうしたの愛理いきなり!?」

いきなり何かを叫んで、隣の席にドッカと座ってきた愛理に
栞菜は思わず驚いて声をあげてしまった。

「ナッキーメモの教え!観覧車では隣に座って親密度アップー!!
 さあ栞菜、あたしに元気が無い理由を言いなさい」
「…それ親密度アップの音なの?ピロリ〜ンって?ダッサ!」
「うるさいなあ、音なんて別に何でもいいじゃないか!!」

思わぬ所でバカにされたが、愛理は怒らなかった。
栞菜の顔が確実にほころんだのがわかったから。

やがて栞菜がポツリポツリと口を開き始めた。

「……さっき芝生のところにいたカップルねえ、あれ佐藤君なの」

あ、あのカップルかあ、と愛理は思い出していた。
 
「今日は塾の試験があるからって言ってたのに、
 だからデートは来週の日曜日にねって言ったのに…」

栞菜の大きな瞳が潤み始めた。

「でも嘘じゃん、違う女の子と、あんなイチャイチャして……」
「栞菜…」
「嘘じゃん、好きって言ったのも、全部嘘じゃん、ワーーーーーッ!!」

栞菜はそこまで言うと、とうとう我慢しきれずに泣き崩れてしまった。
愛理は黙ってそんな栞菜の頭を、胸にギュッと抱いてあげた。
(泣きたいだけ泣けばいいよ)自分も涙を滲ませながら、愛理はそう思った。
観覧車はもうてっぺん辺りまできていた。
(…ナッキーメモはすごいなあ、結局あたし、観覧車のてっぺんで抱き合ってるよ)
愛理はふと思い出し、こんな状況なのに感心して可笑しくなってしまった。


てっぺんから、少し下りはじめた観覧車から外を見ると、遠くに小山のように連なる
ジェットコースターの白いレールが見えた。
愛理がどうしても乗りたかったジェットコースターだ。
愛理はまだグズっている栞菜に言った。

「ねえ栞菜、最後にあのジェットコースターに乗ろうよ!」
「……でも、もうそんな楽しむ気分じゃないもん」
「いいじゃん、今日はつきあってあげたんだから最後くらいあたしの言う事きく!
 お姉ちゃんたちもきっとまだ遊園地にいるよね!?」

愛理はそう言ってケータイを開いた。

愛理がケータイで姉妹みんなを呼び出すと、
絶叫マシーンが苦手なえりかとナッキーを除く五人がジェットコースターの列に並んだ。
栞菜は相変わらず元気が無かったが、一人が喋らないくらいで静かになる姉妹ではない。
みんなで並ぶ待ち時間はあっという間に過ぎ、五人が乗る順番がやってきた。
コースターの前の席に舞美が座り、その後列に栞菜と愛理、その後ろに千聖とマイが座った。

 プーーーーー!!…ガタン!!

発車を知らせるブザーが鳴り、ジェットコースターが動き出した。

カタン、カタン、カタン、カタン…

みんなを乗せた列車がだんだんと上昇していく。
やっぱりやめておけばよかったかな!?何だかとっても怖そうだ!!
そんな不安を押し殺し、愛理はみんなに聞こえるように叫んだ。

「ねえ、せっかく絶叫マシーンに乗るんだから、落ちる時にみんなで何か
 好きなこと叫んでみようよ!!」
「面白そうじゃん、いいよー!!」

舞美が答えた。千聖が後ろで「何言おうかな!?」と考えてる。

カタン、カタン、カタン…

列車がだんだんとレールの最上段へ近づいていく。

「ね!?栞菜」

愛理はそう言うと、隣に座る栞菜に目配せしてみせた。
その時、栞菜は愛理の意図を理解して力のある瞳でキッと正面を見据えてみせた。
よかった、と愛理は思った。あとは自分だ、もう人の事に構っている余裕は無い。
…ちょっと待って!?何だコレ!?メチャメチャ高いじゃん!?

カタン、カタン…

ヤダヤダ!怖い怖い!!

カタン……

「ひっ!!」

 ゴーーーーーーーーーーーッ!!

最上段まで達した列車が、一瞬止まったかと思う間を空けて轟音を立て急降下し始めた。
その瞬間、

「最高ーーー!!」と前で舞美ちゃんが叫び、「美白ーーー!!」千聖が願望を叫び、
「基本的に世界いちーーー!!」とマイがよくわからない事を叫んだ。
そして一瞬遅れて…、

「……佐藤のバッカヤロ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

と栞菜が誰よりも力強く、大きく、そして思い切り叫んだ。
愛理も追随して大きく「そうだそうだ〜〜〜〜!!」と叫んでやった。
後はもう、何を叫んだかなんて憶えてない。愛理にはもうそんな余裕は無かった。
このジェットコースター、超怖いいいい!!

「キャ〜〜〜〜!!」「ヤ〜〜〜〜!!」

みんなの悲鳴が絶叫となって響く中、憶えているのは前に座る舞美ちゃんがずっと
「楽しいーー!!」って叫んでいた事だけだった。


「栞菜ぁ、だから言ったじゃん怖いってー」
「ヒック、ヒック…」

ジェットコースターの出口で、みんなを出迎えてくれたえりかが、
泣きべそをかいて降りてきた栞菜を見て心配気に言ってくれた。
栞菜の初デートリハーサルは、こうして絶叫と涙で終わった。


夕焼けの中、駅までの帰り道を愛理と栞菜は並んで歩いた。
その少し後ろを、姉妹たちが離れて歩いていた。

愛理は肩を落として横を歩く栞菜に、今度は自分の方から腕を回し、
栞菜は素直に愛理の肩に頭を預けた。
前を歩く二人の、その重なった影が後ろを歩く姉妹たちまで伸びていた。

「なんかさあ、ホントのカップルみたいだね」

後ろで、その寄り添い歩くシルエットを見て舞美が言った。

(カップルかあ…、栞菜には悪いけど今日はけっこう楽しかったな)

愛理は今日の感想をそんな風に思うと、栞菜の横顔を見下ろした。

愛理は知っている。
栞菜はもう大丈夫だ、
思いきり泣いて、あとは思いきり食べて、思いきり眠れば
すぐに思いきり笑う栞菜になるのを知っている。だから……。

「もう泣くな。あたしでよかったら、またデートしてあげるよ」
「…うん」

栞菜と愛理の顔が紅く染まって見えるのは、多分夕陽のせいなのだろう。



「また遅刻だよ、もう」

翌週の日曜日、
待ち合わせ場所の駅前で、ケータイで時間を確認した愛理はそうつぶやいた。
(…でも、今日は許してやるか)
愛理はそう考えてケータイをポケットに仕舞おうとして、ポケットの奥に
ナッキーメモが入ってるのに気づいた。

「あ、先週このポケットに入れっぱなしにしてたんだ」

愛理はナッキーメモを取り出し、パラパラと頁を開き、
先週ナッキーが遊園地で書き足した部分を見つけた。

 『さっき電車で佐藤君が女の子といっしょにいるの見ちゃった。
  多分、今日この遊園地に来てると思う…。          』

あ、ナッキーは知ってたんだ、と愛理は驚いた。

「ごめん、待ったーー?」

その時、正面から栞菜が手を振り駆けて来た。だが愛理は下を向き
ナッキーメモを眺めたままだ。
愛理の隣に立っていた男の子が、愛理の代わりに栞菜に手を振り返した。

 『※ナッキーメモ:追加
  〇もしも彼氏の浮気を発見したら?  』

男の子の前まで来た栞菜が、振っていた手をそのまま一際大きく振り上げたと思った瞬間、

バチーーーーン!!

男の子が頬を張られる音が大きく駅前に響いた。

 『…そんな奴は思いっきり張り倒しちゃえ!!』

すごいな栞菜は、読んでないのにナッキーメモの通りだ、
もう今日のデートにこんなマニュアルはいらないな、と思い
愛理はナッキーメモを再びポケットにしまった。

衆人の目前で女の子にビンタされる、という恥をかかされた佐藤君は
ただただうろたえている。注目を浴び、訳がわからず狼狽している様はみっともなかった。
(いくらイケメンかもしれないけど、いい気味だ)と愛理は思った。

「ごめん愛理待った?今日はどこへ行こう?」

栞菜はもうそんな佐藤君の事など気にせず、愛理の方を向いて言った。

「先週はお金使っちゃったから、今日はお金のかからないとこへ行こうよ」
「じゃあ、図書館とかは?」
「いいね、行こう行こう!」

栞菜と愛理は手を繋ぎ、駅前から駆けていった。
いつか本当の彼氏ができるまで、いや、お互い彼氏ができても
ずっと変わらずこうやってデートがしたいね、と愛理は思っていた。
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