雨の日は

 「(雨は、ユウウツ…)」

 窓の外にシトシトと降る雨を横目に見ながら、愛理は髪にブラシをあてている。愛
理はクセッ毛の持ち主だから、湿気の多いこんな日は、いつもよりドライヤーを使う
時間が長くなってしまう。

 「舞美ちゃんの季節だねえ…」

 朝食のテーブルにつくとき、それとなく毒づいてみる。愛理にしては珍しい「黒愛
理モード」だ。舞美ちゃんはちょっとビックリして、トーストを口にくわえたまま、
えりかちゃんと目を合わせた。

 「なにそれヒニクー?!、好きで『雨女』やってませんってばー!」
 「さすがの『晴れ女』も、梅雨の時期には勝てませんかな?」

 過剰に反応してみせる舞美ちゃんと、それとなくフォローするえりかちゃん。私は
トーストにマーガリンを塗りながら、クスッと笑ってしまった。だけど愛理の沈んだ
表情は、晴れないままだった。

 「今日さあ、テストなんだよねえ…」
 「あれ?、勉強が得意な愛理様のセリフとは思えないですわ」
 「ゆうべテスト勉強したらさあ、全然違うとこやってたんだよねえ。今朝になって
  気づいた」
 「だいじょぶだいじょぶ。愛理はテスト勉強しなくたって、いっつも上位じゃん?」
 「実は珍しくテスト勉強なんかしたから、雨降ったんじゃない?(笑)」

 「愛理、トーストは?、ミルクだけ?」
 「ショックで食欲ない〜」
 「朝食ちゃんと採らないと。せめて頭だけでもしっかり働かせなきゃ〜」
 「うーん…」

 朝食を終えたら、いつもより少し早く家を出て、バス停に向かう。雨の日はバスが
混雑するし、駅までの道も渋滞して、時間がかかってしまうから。バス停に着くと、
すでに何人かの人が並んでいて、その一番最後に愛理も並ぶ。それほど時間もたたな
いうちに、愛理の後ろにも次々と人が並んでくる。

 到着したバスは、案の定、ほとんど満員。愛理は並んでいる人の流れにさからえな
いまま、その中に、さらに押し込められるようにして乗りこんだ。長い時間ムシムシ
したバスの車内で揺られていると、せっかく伸ばしたクセ毛も、またクルクルになっ
てしまうような気がして、愛理はますます「ユウウツ」になってしまう。

 「(みんな、黒に見える…)」

 スーツ、ブレザー、学ラン、そして傘。ダークカラーの服やアイテムは、雨に濡れ
るとますます色濃くなってしまう。そんな、通勤・通学の男の人たちに混じって、な
ぜか愛理の周辺だけ、女の子は愛理一人だけになってしまった。別にはじめてのこと
ではないけれど、愛理の「ユウウツ」はどんどん加速していく。

 途中のバス停で何人かの人が降りて、座席が空いた。そしたら、その席の前に立っ
ていた人が愛理を手招きして、そこに座るようにと促した。

 「す、すいません」

 愛理は軽く会釈をして、その席にすわった。正直「助かった」と思った。そして座
らせてくれた人をチラッと見上げると、同じ学校の制服を来た人だった。

 「(誰だろう、先輩?)」

 バスの中はギュウギュウ詰めなので、その人の顔をまじまじと見上げることまでは
できなかった。でも、その人がカバンと一緒に持っているスポーツバッグには、マジ
ックで大きく名前が書かれている。その名前を見た瞬間、愛理の顔が真っ赤になった。

 「(うそ!、あのセンパイ?!)」

 同級生の女子の間でもたびたび話題になる、憧れのあの先輩が、自分のすぐとなり
に立っている…。

 「(このまま駅までずっと一緒?!、イヤイヤ、それよりも、その人に席を譲って
  もらっちゃった?!、うわー、なんか話しかけたいけど、そんなことできない
  よ〜、絶対!!)」

 愛理はじっと前を見たまま、カバンを抱きしめて固まってしまった。バスは終点の
駅に到着し、次々と人が降りていく。先輩も、その人の流れに混じって降りていく。
愛理はもういちど会釈をしたつもりだったけど、先輩に伝わったかどうか…。バスの
中ががらんどうになってきて、ようやく愛理も席を立ち、駅に向かった。

 「(多分先輩は、ひとつ前の電車に乗っちゃったかな…)」

 そんなことを考えながら改札を抜けたとき、愛理は棒立ちになった。

 「あ、傘忘れた…」

 振り向いても、もうバスは折り返して行ってしまっている。しょうがない、別に高
い傘ではないから、届けるのも面倒くさいし…。

 −−夕方−−

 愛理は駅で、改札を抜けてくる人をひとりひとりチェックしていた。待ち合わせを
しているフリをしてみたり、看板のかげに隠れたり、そんなことをもう1時間も繰り
返していただろうか。人の流れの中に舞美を見つけると、小走りに駆け寄っていった。

 「舞美ちゃんおかえり!」
 「おぅ、愛理じゃん。どした?」
 「うーん、舞美ちゃんが先に来ちゃったか〜。まあいいや」
 「なにそれ?!」
 「なんでもない(笑)。傘忘れちゃったの。一緒にかえろ!」
 「いいよん。でもあたし、バスの定期ない…」
 「一緒に歩いて帰ろ、『アイアイ傘』で!」
 「いいの愛理?、結構歩くよ?」
 「いいのいいの!。ねえ舞美ちゃん、明日も雨かな?」
 「そうだなあ、梅雨だからねえ…」

 女の子二人の『アイアイ傘』は、夕方の、小雨が降るどんよりとした曇り空の下、
消えていった。

おしまい
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