るてるてずうぼ
六月のある日、土曜日の午後。


屋根の端から、千聖がピョコと屋根の上に顔を出した。

「…落ちないように気を付けてよーー」

舞美が下から心配気に叫んだ。
二階の窓から出られる物干し台に出て、そこでマイが押さえる椅子の上に立って
屋根の上を覗いていた千聖は平気そうに答えた。

「大丈夫、大丈夫。あ、あったよーーー!!」
「で、どうーーー?」

舞美が再び下から叫ぶと、屋根の上に落ちている片方だけのサンダルを見つけて
千聖が答えた。

「うん、裏返ってる!!」

(あらら、やっぱりか)と舞美はちょっとガックリきた。

「じゃあ、落ちないように気を付けて降りてきてよーー!!」
「わかった!」千聖が答えた。

同じく下にいたナッキーが言った。

「舞美ちゃん力入れすぎ!『明日天気になあれ』で屋根の上まで跳ばす事ないじゃん」

たしかにそうだと舞美は思った。
スポーツが得意で脚力が自慢の舞美だったが、自分の脚力に我ながらあきれた。
ほんのちょっと力を入れたら、サンダルは見事に屋根の上まで飛んでいってしまったのだ。

「でもすごいよね舞美ちゃん」「うんうん」「あははは」

いっしょにいた愛理と栞菜に感心され、えりかには笑われてしまった。
(でも仕方ないじゃないか、明日はどうしても晴れて欲しかったんだから)
と舞美は心の中で言い訳した。

先週も先々週も週末は雨だった。
女の子が七人もいると、洗濯物の量が半端じゃなく多い。
でも平日はみんな学校で忙しく、お洗濯はどうしても週末に一週間分の物をまとめて洗う事になる。
乾燥機など無い我が家では、雨だと洗った七人分もの洗濯物を干す場所が無くけっこう大変なのだ。
だから週末は、外に気持ちよく洗濯物を干したくていつも晴れて欲しかった。


そして、明日はそんなお洗濯よりもっと大事なイベントがある。
千聖とマイの小学校の運動会の日、正確に言うと、三回目の運動会【予定日】だ。

千聖とマイが楽しみにしている運動会。
そしてみんなが、応援に行きお弁当を食べるのを楽しみにしている運動会。
それが、舞美が「父兄参加競技に出る」と決めた途端に雨が続いて二度も中止になってしまった。

もう梅雨も近い六月、明日が雨で中止になれば次は未定なんだそうだ。
なのに明日の天気予報は「降水確率50%」などというどっちつかずの数字。
晴れて欲しくて「明日天気になあれ」で遊んでいたら、何度やっても雨予報になるので
ついムキになって力を入れ、サンダルを屋根の上まで飛ばしてしまった。
みんなが「やっぱり舞美ちゃんがやると雨だね」って言うのも悔しかったんだ、きっと。


そう、舞美は自他共に認める雨女。
舞美が外に出ると雨が降り、中へ入ると雨が止むという理不尽な目に何度もあった。
それに何度も付きあわされてる姉妹達も舞美を雨女と呼ぶようになった。

やがて『急に雨が降ってきたんだけど、舞美今外に居る?』なんてメールまで
送られてくるようになってしまった。それでも否定できないところがまた悲しかった。
『自分が参加する大事なイベントの降水率』は半端じゃなく高いのを自分で知っていたから。

「でも大丈夫だよ、ウチには強力な晴れ女の愛理がいるから」
「うふ、うふふふふ」

舞美がそんな事を考えていると、えりかがそう言い愛理が自信ありげに笑った。
そうだ、愛理は舞美と正反対の晴れ女なのだ。
雨が降ってても、愛理が表へ出た瞬間にカラッと晴れる奇跡のような瞬間がよくあった。

そうだ、私がいくら雨女でも、愛理がいるから大丈夫だ。
舞美がそう考えて安心しようとすると栞菜が言った。

「じゃあさ、舞美ちゃんと愛理とで明日の天気占ってみようよ」
「でも、どうやって?」
「あのさあ…」
「あはは、面白そう!」

栞菜が説明し、みんなが賛成した。
まったく、栞菜は頭がいいのに時々こんな変な事を考えつく。
それでも、舞美もやってみようと思った。

庭に繋がる縁側横の和室で、舞美と愛理が向かい合って座り、
それを他のみんなが見守っている。

『最初はキュート、じゃんけんポン!!』

舞美と愛理のじゃんけん勝負だ。
雨女と晴れ女が勝負をすれば、明日は勝った方の天気になるかもというのだ。
くだらないなあ、幼稚だな、と舞美は思ったが、例え遊びでも、もしかして自分が負けることで
明日晴れてくれるならいいなと思った。だが、

「…あいこでショ!あいこでショ!
 あいこでショ!やったーーー!…あ、あ、」

じゃんけんに勝った瞬間ついつい喜んでしまい、舞美は(しまった!)と思った。
あいこが続く間につい勝負に夢中になってしまったのだ。
もう、昔からだよ!何かに夢中になると前に考えていた事をつい忘れてしまう…。

「…じゃあ、さ、もう一回やってみよ、ね?」

舞美が言った。勝った方から「もう一回」と言うなんて変わった勝負だが
今度はきっちり負けよう、と思った。

『さぁいしょはキュート、じゃんけん…』

(まず可愛いポーズを取ってからジャンケンをする、という我が家のジャンケンは
えりかが考えて皆に広まった。舞美は最初は恥ずかしかったが、皆楽しそうなので
 慣れてしまった。この家の変な風習や流行は大概えりから始まる)

『…ポン!!』

だが再び舞美が勝ってしまった。
みんなが落胆してる気がした。千聖が「明日は雨だな」と小声で言った。
私だって負けたいのに何で負けないのよ!?と舞美は思った。
普段から「空気が読めないタイプ」とかよく言われる。決して認めたくないけど
こういう時は自分でも認めざるをえない。

「…じゃあさ、10回勝負でやってみよ、ね!?」

舞美は言ったが、結局じゃんけんは舞美の10連勝で終わってしまった。


「いいじゃん別に。じゃあさ、明日晴れるように皆でてるてるぼうず作ろうよ」

その雰囲気を見かねたかのようにマイがそう提案してくれた。
マイは最年少なのに時々大人な対応をしてみんなを助けたてくれたりする。
(ありがとうマイ)と舞美は心の中で感謝した。
そうだよ、みんなでてるてるぼうず作って願えばきっと晴れるよ。
せっかく作るのだから精一杯願いを込めて作ろう、と舞美は思った。


えりかが七人分の白い布とハサミを用意してくれた。
みんなで白い布を丸く切り取り、余った布屑をその布でくるんで丸めて首のところを紐で結び、
出来た丸にそれぞれが自分の似顔絵を描いていく。

「あ、それカワイイ!」「愛理の顔似てる!」「千聖のヘタクソ!」

大騒ぎしながら、可愛い七つのてるてるぼうずが出来上がった。

「じゃあさ、さっそくこれ吊るしてみようよ」

舞美が言った。
七人分の願いがこもってるんだもん、きっと明日は晴れるよ、と舞美は思った。


 くるんッ!

庭に面した縁側の軒下にみんなでてるてるぼうずを吊るしてみたが、
舞美のてるてるぼうずだけがバランスを崩し頭を下に向け逆さまになってしまった。

「やだ、何でよ〜!?」

舞美は思わず声が出てしまった。

「舞美ちゃんのバランスが悪いんだよ」
「紐のところ上手く結べばほら…」

 …くるんッ!

愛理や栞菜が手伝ってくれたが、(ナッキーてるてるぼうず)と(えりかてるてるぼうず)の
間に吊るされた(舞美のてるてるぼうず)だけが何度やってもすぐに
逆さまにひっくり返ってしまう。

「これじゃ『てるてるぼうず』じゃなくて『るてるてずうぼ』になっちゃうね」

千聖が遠慮なく言った。
でもたしかにその通りだ。自分の雨女パワーにもあらためてあきれた。
こんなの吊るしておいて明日雨が降ったら大変だ。

「いいよ、これもう。私のだけ外して置いておこうよ」

そう言うと舞美は自分のてるてるぼうずだけを外して床に置いた。

「いいよ気にしないで!みんなのてるてるぼうずできっと明日は晴れるわよ。
 ごはんにしよう、ごはん。さ、いこ」

舞美はみんなの肩を叩いてそう明るく言った。
(そうだよ、みんなは気にしなくていいから)と舞美は心の中で自分に言った。

その日の夜、いつものようにごはんを食べ、TVを観る時、
舞美はみんなに気を使わせないように、そしてみんなに気付かれないように
明るくいつも通りに振舞った。いや、振舞おうと努めた。
だから、この時は自分を見つめるえりかとナッキーの視線に気付かなかった。


深夜になった。
みんながそろそろ寝静まったと思う頃、一人パジャマ姿で庭に降りてきた舞美は、
何かを考えるように夜空を見上げた。

(持久走が得意な千聖が、今年も一番を目指して毎日走りこんで練習していたのを
 私は知っています。父兄参加競技で去年寂しい想いをしたマイが、
 今年は私が出てあげる、と言った時のとっても嬉しそうな顔を私は忘れません。
 だから……)

舞美は両手の拳を握って胸の前で合わせ、やがて深く目をつぶった。


「あれ、えりかちゃん!?」
「しーーーっ!」

庭に出る縁側の向こう端から、反対の端にいたこちらを見つけたナッキーに
えりか人差し指を口に当て合図をしたあと、舞美がいる庭の方を指差した。
舞美はこちらに気付いていない。ナッキーがえりかにそっと近づいて言った。

「舞美ちゃんやっぱりここにいたね」
「雨女なんてみんなシャレで言ってるのに決まってるのにさあ、
 一人で思いこんじゃって、どたばたして、でテンパって…」
「で、いつも最後は神様にお願いするんだよね」

二人は小さく笑い合った。
やがて庭で祈る舞美を見つめてえりかが言った。

「…責任感が強いんだよ。でもいいじゃん舞美らしくて」
「だよね」
「でもナッキー、何でこんな時間に起きてきたの?」
「そういうえりかちゃんこそ」

その時えりかとナッキーはお互いが両手に持っている「それ」に気付いた。
やっぱり姉妹だ、考える事は同じらしい。二人は静かに笑い、
両手の指先に持った小さくて可愛い「それ」をお互い振り合ってみせた。

「舞美が行くまで隠れてて、それからやろうよ」
「うん」

舞美は何も知らずに祈り続けていた。


翌朝。
窓から射す光で目を覚ました舞美は、窓の外を見て叫んだ。

「晴れたーーーー!!」

快晴だった。舞美は喜びリビングへ駆け降りていった。

「みんなおはよー!ねえねえ今日は晴れたよーー!!」
「知ってるよ舞美ちゃん」

みんなはすでに起きていた。
千聖とマイなどはすでに着替えを終え、登校の準備まで終えているようだった。
普段はお寝坊なのに、イベントの日だけみんな早起きなんだから現金だな、と思った。
でもみんなそれだけ楽しみにしてたんだよな、晴れてよかったな、
だから私は……。


「行ってきまーす!!」「後で観にきてねー!!」

体操服姿の千聖とマイが勇んで家を出ていった。

「じゃ、あたしたちも行ってくるね」「いい場所取っておくからね」

愛理と栞菜も応援席の場所を取るために早めに家を出ていった。
舞美とえりかとナッキーには、まず一週間分のお洗濯を終わらせるという仕事が待っている。
洗濯機を回しながらえりかとナッキーが言った。

「ふー、一週間分のお洗濯物ってやっぱ多いね」
「でも早く終わらせて私達も観に行こうよ」

ピー、ピー、ピー、

洗濯機が仕事を終えた合図を送った。だが大量の洗濯物は一度で洗いきれる量ではない。
二度目の洗濯物を洗濯機に放りこむと、三人で洗い終えた方の洗濯物を抱えて庭に行き、
それを協力して干していった。だが舞美が言った。

「なかなか終わらないから、えりとナッキー先に行ってて、
 後は私がやっておくから」
「いいよ手伝うから、全部終わらせてからみんなで行こうよ」

そう答えるえりかに、舞美は意を決して言った。

「いいよ、今日はえりとナッキー二人で行ってきて。私は家にいるから」
「えーーーっ!?」「どうして!?」

驚く二人に舞美は答えた。

「…私、昨日の夜、神様にお願いしちゃったんだ。私は明日行きませんから
 どうか晴れさせて下さいって。だから今日晴れたんだよ。
 えり、私の代わりにマイの競技に出てあげて」

そうだよ、雨女の私が行かなければきっと神様も晴れさせてくれるよ、と舞美は思った。
そして今日は神様が晴れさせてくれたんだから私は行く訳にはいかない。
だがえりかはそんな舞美の答えを想像していたかのように言った。

「神様じゃないよ。舞美、昨日てるてるぼうず作ったでしょ?晴れたのはそのおかげだよ」
「…でも私てるてるぼうず吊るしてないもん」

ふてくされたように舞美が言うとえりかが答えた。

「あれ見てみなよ」

えりかが庭から軒下を指差した。
軒下を見ると、七つ並んだてるてるぼうずが見える。

って七つ!?しかも七つ全部普通にぶら下がってる!!何で!?

驚いた舞美が側に寄って見てみると、(舞美てるてるぼうず)の両隣にある
(えりかてるてるぼうず)と(ナッキーてるてるぼうず)が2本の小さい手を伸ばし、
(舞美てるてるぼうず)がひっくり返らないように体を支えてくれている。

「あはは〜、何だこれ、可愛い〜〜!!」

何だこれ、綿棒で作ってあるのかな?先に画用紙で作った手が付いててとっても可愛い。
それが舞美のてるてるぼうずをしっかり支えてくれている。
涙が出そうになったが、それより嬉しい気持ちが先に立って舞美は笑ってしまった。

「ね、だから一緒に行こ!」
「でも神様が…」
「いいよ、神様には後であたしが謝っておくから」

えりかが言ってくれた。ナッキーもうなずいている。

てるてるぼうずだけじゃない、私はいつもこうやってみんなに支えられている気がするな。
でも、いいんだ。今日は二人に甘えよう。

ピー、ピー、ピー、

向こうで洗濯機が二度目の音を立てた。えりかが言った。

「さあ、残りの洗濯物干しちゃったらみんなで行こうよ」
「…うん、そうだね!」と舞美は元気に答えた。

洗ったばかりの洗濯物を、干すために力を入れピンッと伸ばしてみた。
顔に細かい飛沫が飛んだ。洗濯したてのいい香りがした。
今日は気持ちのいい一日になりそうだな、と舞美は思った。


「ただいまー!!」

大声で舞美は言った。
他のみんなも続けて「ただいま」と言って帰ってくる。
家に誰もいないとわかっていても、帰る時はそう言うのが癖になっているのだ。
だって「ただいま」というだけで気分が晴れた気がして気持ちがいい。
特に今日は気分が良くて声が弾んだ。だって持久走で千聖が1位になり、
父兄参加競技に出場しマイと二人三脚を走った舞美も見事1位になれたのだから!!

「やったねーーー!!」
「イエーーーイ!!」

舞美と千聖は互いに賞状を見せ合いハイタッチをしてみせた。
昨日まで悩んでたのが嘘のようだ。
そうだ、てるてるぼうずにもお礼を言わなきゃ、と舞美は思った。

「ありがとー、てるてるぼうず!!」

舞美は軒先へいくと、てるてるぼうずに礼を言い、
頭を撫でてあげようと軽く指先で触れてみた。すると、

 …くるんッ!

(舞美てるてるぼうず)は両手で体を支えてくれているえりかとナッキーの
てるてるぼうずごとひっくり返って(るてるてずうぼ)が三体になった。
その瞬間…、

 ポツポツポツ…

 ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!

いきなり大雨が降ってきた。

「ウソーーー!?」
「なに急にこの大雨!!」
「早く早く洗濯物しまわなきゃ!!」
「もう、舞美ちゃんはてるてるぼうずまで怪力なんだから!!」
「そうだよ、舞美ちゃんの(るてるてずうぼ)のせいだよ!!」

「う〜〜〜〜〜…」

庭に大慌てで洗濯物を取り込むみんなの怒声がとびかい、
反論できない舞美が唸った。

その時、リビングのTVでニュースを観ていたマイが、姉達に知らせるように叫んだ。

「ねえ、今日『梅雨入り』したんだって、もう梅雨なんだよー。
 よかったね舞美ちゃん、もう雨降っても舞美ちゃんのせいじゃないよーー!!」

そんな舞美にとっての救いの言葉も、大雨の音とみんなの絶叫にかき消され、
肝心の舞美に届いていたかどうかわからなかった…。

最後に舞美が叫んだ。


「雨のバカ〜〜〜〜〜〜!!」
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