特製カレー
●日曜日

 今日は久しぶりに夕食の時間に全員揃うことが分かっていたので、えりかちゃんは特製
カレーを作ることを宣言。いつもならスーパーで買ってきたカレールーを使うんだけど、
「えりかちゃん特製」となると、そのルーから作るのだ。このメニュー自体もまた久しぶ
りで、しかもそのおいしさだって保証済みだから、みんな夕食を楽しみにしていたりもす
る。

 舞美ちゃんは県大会を控えた陸上の練習で駒沢へ、栞菜と愛理はお買い物に渋谷へ、そ
れぞれ朝からお出かけ。千聖はカレーを作るえりかちゃんのお手伝いを名乗り出た。舞ち
ゃんは、お昼は友達の家にお呼ばれしてるんだって。私はというと、昨日友達に借りた本
を読む予定。今日は読書三昧な一日にするつもり。

●キッチン

 「ん〜っ!サイっっっ…コウっ!コレ!!この味!!!」
 「あー、どれどれ、私も味見した〜い!」
 「だーめ!、夕飯までのお・た・の・し・み!」
 「そりゃないよー!」

 お昼前から始まったキッチンでの1対1の講習会は、今やっとできあがろうとしている
ところ…らしい。千聖は自ら助手を買って出て、下ごしらえからずっとお手伝い。最近お
料理とかお裁縫とか、自分から進んで勉強しだしたのは、なにか心境の変化でもあったの
かな。

 「よっしゃ、ここで火を止めます。と…、千聖、でっかいボール出して氷いれて」
 「アイアイサー!」
 「誰のマネよ、それぇ?」
 「テレビで兵隊さんがやってた」

 千聖は『えりか隊長』に敬礼したあと、踏み台を持ってきてそれにのり、天井そばの棚
から手際よく「でっかいボール」を取り出した。そして踏み台にのったまま身をよじって、
冷蔵庫のドアをあけた。身のこなしに自信のある千聖だからできる芸当。ウチの冷蔵庫は、
ちょっと旧式だけど大きくて、フリーザーには自動製氷機もついている。さすがの大家族
用。そしてフリーザーのドアは冷蔵庫の上の部分にある。

 「ちょっと!危ないよー。ちゃんと降りてからやんなさい。別に急いでないんだから」
 「アイアイサー!」

 千聖は返事だけして、そのままの体勢で作業を続行した。ボールに氷を入れていくと、
案の定、踏み台の上の重量バランスがおかしくなっていく。

 「おっとっとお〜」
 「ほらぁ、危ないっての〜!」

 大きなボールを抱えてよろめきながら、なんとか氷をその半分程度まで入れると、千聖
はドアを勢いよく閉め、踏み台から飛び降りた。いうことを聞かない妹をじっと睨む姉を
横目に(そしてちょっと得意げに)しながら、ボールをシンクに置き、ちょうど氷と同じ
くらいに水を入れる。

 「ハイ!準備オッケー!であります」
 「な〜にが『であります』よお。もう…」

 ふてくされながら、えりかちゃんはカレーの入った、これもまた大きな鍋をボールに入
れた。

 「しっかし、これでホントに、おいしくなるんですかねえ?」
 「『後藤家の食卓』でやってたの。信じましょう!」

 もちろん、普段から料理担当のえりかちゃんが作るんだから、おいしくないはずはない。
でも、それでも手を抜かずに、あの手この手で「さらなるおいしさ」を追求するえりかち
ゃんって、やっぱりすごいな…って思う。

「これで十分に冷ましたら、もっかい火を入れて、最後にハチミツを入れるの。これで
  ぐんとおいしくなること確実よ〜」
 「ハチミツ?!」
 「そ!、いわゆる『隠し味』ってやつ」
 「甘くなっちゃうよ?!」
 「ならない、ならない。そんなに入れない(笑)。逆にすご〜くおいしくなるんだから」
 「さっすが『隠し味』ってやつですね〜えへへへ」

 千聖はえりかちゃんのひじを小突きながら妙な笑顔を作ってみせた。

 「なんかそんな言いかたしたら、ヘンなもの入れるみたいじゃない!。違うの、コレは
愛情よ。あ・い・じょ・う!」

 そういいながらえりかちゃんは千聖のおでこを小突き返そうとした。

 「お、電話だ!」

 こういうときの千聖の反射神経と瞬発力ってものすごく早くって、サッと身を翻してキ
ッチンを出て行ってしまった。えりかちゃんの行き先を失った指は空を突き、えりかちゃ
んはバランスを崩しそうになった。

 「もうっ!」
 「あははっ、えりかちゃん牛になってるぅ!」

 電話のほうに駆けていった千聖と入れ替わりに私がキッチンへ入ると、ちょうど角を生
やしたえりかちゃんが「もうっ!」と吼えているところだった。

 「見たなあ…、見られた以上は生きて返すわけにはいかん!」

 えりかちゃんは氷水に浸けているカレーの鍋を持ちながら、私にすごんでみせた。

 「お水もらいに来ただけだケロ。許してケロ」

 私は身動きの取れそうにないえりかちゃんを見ながら、食器棚からコップを、冷蔵庫か
ら水の入ったペットボトルを取り出し、そそくさとその場を退散する勢いで水を注いだ。

 「えりかちゃーん!電話ー!!、舞ちゃんが『代わって』ってー!」

 遠くから千聖が叫んでいる。

 「あー、手が離せないー。ナッキー!ちょっと代わって!!」
 「ありゃりゃりゃりゃりゃ?」

 有無をいわさぬ勢いで交代を迫られた私は、えりかちゃんの代わりに大きいカレー鍋を
持たされることになった。氷水に浮かんでいるとはいえ、育ち盛りの家族7人分のカレー
が入った鍋はやっぱり大きいし、重い。えりかちゃんと違って、私の体格では両手できち
んと支えないとふらふらしてしまう。パタパタとスリッパの音を立てて電話のほうにかけ
ていくえりかちゃん。また入れ替わりに、千聖がやってきた。

 「エーと、ハチミツ、ハ・チ・ミ・ツ…っと」

 調味料の入っている棚を開き、覗き込みながら千聖がひとりごとを言っている。

 「ハチミツ?、どうすんの?」
 「あとでカレーに入れるんだって〜」
 「ふーん、じゃあ『隠し味』かなあ?」
 「そーそー『隠し味』だって。食べたあとになんかすると甘くなるのかなあ?」
 「そうじゃなくって、『隠し味』っていうのは、入れると風味とかコクが出てくるんだ
って」
 「『フーミと過酷』?」
 「じゃなくって、『風味』と、『コク』。よりおいしくなるってことよ」
 「そーかー、すごいなあ」

 首をかしげながらこういう返事をするときの千聖って、なんか分かってんだか分かって
ないんだか分からなそうで、ちょっと面白い。私はというと、さっきのえりかちゃんと同
じ状態で、大きくて重たいカレーの鍋を支えるのがやっとで、千聖がガサゴソやっている
のを横目で見ているしかない。

 おいしそうなカレーの香りがあふれ出てきて、思わずノドが鳴りそう。でも、部屋で本
を読みながらお菓子を食べてたから、お腹はあんまり減ってないんだな。よし、あとは食
べるのをやめて、夕方までにしっかりお腹を減らしておこう。

 「あった!、よいしょっと!」

 千聖は見つけたハチミツのビンを、両手で持ち上げてガスコンロの横に置いた。やっぱ
りウチは大家族だから、ハチミツだってサイズが大きい。ビンの半分くらい使ってあるけ
ど、それでも千聖にとってはまだまだ重い。

 「千聖ー。まいちゃんがまた『代わって』ってさー」
 「はいよー」

 えりかちゃんがキッチンに戻ってきた。それとまた入れ替わりに、千聖がキッチンを出
ていった。私はというと、すでに結構必死になってて、鍋を支えながら、首から上だけえ
りかちゃんの方を向いて

 「えりかちゃーん、結構重いよ?コレー」
 「あーゴメンゴメン、助かった助かった。ありがと」

 めでたく選手交代。鍋は再びえりかちゃんに支えられて、氷水の上に浮いている。

 「そういえば、ナッキー今日は部屋に閉じこもりっきりだね。なにしてんの?」
 「友達に本借りたの、『バリー・ヒッター』。すんごい面白くってね、今日中に全部読
んじゃうかも!」
 「そーなのー。どんな本?」

 読書にあんまり興味のないえりかちゃんは、私の熱中している本について、棒読みで質
問してくれる。

 「アメリカ大リーグの選手がね、実は魔法使いの家系に生まれた人で、魔法を使って大
活躍していくお話なの!」
 「それってズルじゃん」
 「それがズルじゃないの!、他の選手たちが裏取引とかドーピングとかでズルばっかり
するのを、バリーはバレないように魔法で阻止していくのよ。だからバリーは正義の味方
なの」
 「へー、なんかシュールな内容だね」
 「それが面白いんじゃない?!、えりかちゃんもあとで読んでみる?」
 「あ、いいですいいです」

 えりかちゃんは料理とかファッションの雑誌以外、あんまり本を読まないことを知って
いるから、あえて聞いてみたけど、やっぱり返事は予想通りだった。

 「っていうかー、せっかく晴れた日曜日なんだから、ひきこもってないで、外で遊んだ
  りしたらいいんじゃない?」
 「ぎく。だって面白いんだもーん。許してケロー!」

 逆に返り討ちにあいそうになった私は、ペットボトルを冷蔵庫に戻すと、やっぱりそそ
くさとキッチンをあとにした。

●丘の上の公園

 「ガタンッ!、プシューーーーッ!」
 「あ…、やっちゃった」

 勢いよく段差に乗り上げた舞ちゃんの自転車は、前タイヤが派手な音を出しながらパン
クした。もう1年以上乗りつづけているタイヤだから、ちょっと勢いをつけてジャンプと
かするとパンクしてしまう。それは分かってはいるんだけど、ついついやってしまうのが


 「乙女の運命(サガ)なのよねー」

 わけのわからない独り言をつぶやきながら、舞ちゃんはいつもの自転車屋さんに向かっ
て自転車を押し始める。途中の公衆電話から家に電話して、パンクの修理代を持ってきて
くれるようにえりかちゃんにお願いした。

 「何回目…だっけ?」

 ウチではよく自転車をパンクさせちゃうから、自転車屋のおじさんとはすっかり顔なじ
み。中でも栞菜、千聖、舞ちゃんは「我が家のパンクTOP3」なのだ。去年までは舞美
ちゃんがダントツの1位だったんだけど、トレーニングを兼ねて駅まで走るようになって
からは、めったに自転車に乗らなくなっちゃった。だから繰り上がりで舞ちゃんがTOP
3の一員になった。

●早貴の部屋

 私が『バリー・ヒッター』のスペクタクルな展開に熱中していると、ドアをノックして
えりかちゃんが入ってきた。

 「千聖ー!、いるー?」
 「なんで私の部屋なん?」
 「いや、千聖の部屋にいないし…、こっちにいるかなと思ってさ」
 「来てないよー?」
 「そっか、どこにいるんだアヤツは…。じゃあ、ナッキーにお願いしとくかな、キッチ
  ンのカレーがさ、今火を止めたとこなんだけど、10分くらいしたら、ハチミツを入
  れて、よくかきまぜておいてほしいの」
 「えー…、私、忙しい」
 「忙しくないじゃん(笑)!。私これから舞ちゃん迎えに行かなきゃなんなくなったか
  らさあ。お願いしますよ」
 「じゃ、10分したら行くよー」
 「頼んだよっ」

 そういってえりかちゃんはまたパタパタとスリッパの音を響かせながらキッチンの方へ
向かっていった。私は再びバリーのシュールな世界に没頭していった。

●再びキッチン

 「あれ?、ないぞ、ハチミツ…」

 調味料の入った棚を覗き込みながら、えりかちゃんは必死になってハチミツのビンを探
している。いつもここに入ってるはずなのに。前に一度、千聖が冷蔵庫にしまっちゃって、
カチンカチンに固まってしまい、みんなからブーイングを受けたという事件があって以来、
「ハチミツは棚にしまう」って決まってたのに…。

 「まさかコッチじゃないよなあ…」

 そういって、冷蔵庫や食器棚を探してみたけど、ハチミツのビンはとうとう見つからな
かった。まさに灯台元暗し。それはガスコンロの横、ちょうどえりかちゃんの腰のあたり
の位置に置いてあったのだから。

 「まだ半分以上あったはずなのになあ…。しょうがない。ついでに買ってくるか」

 えりかちゃんはそういって、舞ちゃんを迎えにいく支度をした。

 えりかちゃんが玄関を出て自転車に乗り、表の通りに出ようとしたちょうどそのとき、
千聖が帰ってきた。

 「あー千聖ー!、どこ行ってたんよアンタはぁ?!」
 「ゴメンゴメン!、舞ちゃんに頼まれて、お使いしてた」
 「なにそれー?!、あたしこれから舞ちゃん迎えに行くんだからあ」
 「それは知ってるけどぉ、それとは別のこと」
 「なによそれぇ?」
 「えへへぇ、ナ・イ・ショ!」
 「隠し事ぉ?、またなんかヘンなこと考えてんでしょ?!」
 「まーねー!」
 「あそうだ、ナッキーに伝えてほしいんだけど『ついでにハチミツ買ってくる』って言
  っておいてくれる?」
 「え、ハチミツ買ってくるの?!」
 「そ!、あとは頼んだよ。じゃあねぇ!」

 そういってえりかちゃんは、颯爽と町に向かって自転車をこぎだした。千聖はポカーン
と口をあけたまま、えりかちゃんの背中を見送っていた。

●雑貨屋さん

 「ねーねー愛理ー、見てコレー」
 「なあにー?」
 「お茶っぽい」
 「『ぽい』って、お茶じゃん(笑)」

 栞菜と愛理は一緒に買い物に出かけていた。買い物自体も久しぶりだけど、二人だけで
出かけるっていうのももっと久しぶりなので、すっかり「うきうきモード」で電車に乗っ
た。友達から聞いた話を頼りに、新しくオープンしたショップに服を買いに行ったのだけ
ど、どうやらお目当てのものは見つからなかったらしい。最初のお店でいきなり目的を失
ってしまった二人は「しょんぼりモード」になっちゃった。

 でも、せっかく出かけてきたのだから、いろんなショップを巡ってみようということに
なった。アクセサリーショップとか、アイドルグッズのショップとか、クレープ屋さんと
か…、すっかり「ブラブラモード」を満喫する二人。それで今は、いろいろと面白いもの
が置いてある雑貨屋さんにいる。たいていこの二人が出かけると、家族にヘンなおみやげ
を買ってくるのだけど、このお店は「そういうもの」を仕入れるときの定番ショップ。

 「ほら!『UB茶』だって」
 「なに?『UB』って」
 「『ULTRA BITTER』、超苦いってこと!」
 「う・わ!、ナッキーとか好きそう」
 「『冷たくしてもおいしい』って書いてある…」
 「ふーん。でも苦いんでしょ(笑)」
 「そうそう、今日カレーじゃん?!、これ作って、みんなに飲ませちゃおうよ!」
 「あ、それいいかも!面白そう!」

 いたずらを思いついた二人は、急に「早く家に帰りたいモード」になっちゃったらしい。
「おみやげ」を買って、駅に向かって歩き出した。

●自転車屋さんの前

 「やっほー!、舞ちゃん!」
 「えりかちゃんきたーっ!!」
 「ってかさー、君ねぇ。これで何回目〜?」
 「ん〜と、3回目かな?、今年に入って…」
 「多くね?、ね?」
 「もうタイヤ古いからだってさ。次パンクしたら、タイヤ交換しないとダメだよって、
  おじさんが言ってた」
 「いやいや、きっとタイヤのせいじゃないから。それ違うから(笑)」
 「だってちょっとスピード出してただけだよ〜、あそこに段差があったのが悪いんだ
  !」
 「わ〜かったわ〜かった。早く千聖みたいにうまく乗れるようになろう!」
 「おーーっす!」

 千聖は2ヶ月くらい前から、急に自転車の乗り方がうまくなった。どんなにスピードを
出しても、どんなでこぼこ道を走っても、なかなかパンクしなくなったのだ。どうしてな
のかは、千聖自身にも説明できないのだけど、やっぱりなにかコツがあるんだろうってこ
とで、みんな納得している。だから舞ちゃんも、千聖と同じ年くらいになったら、きっと
パンクしなくなるだろうって、みんながそう励ましている。だけどそれじゃ、舞美ちゃん
や栞菜の説明がつかないんだけどね。

 「1200円になります」
 「あれ?、え?、1200円?!」
 「パンク3箇所もあったのでね〜」
 「えー?!、3箇所もー!、舞ちゃん、どこ走ってたん〜?」
 「普通の道…」
 「ぜったいそれ『普通の道』じゃないっしょ〜(笑)」

 えりかちゃんは自転車屋のおじさんに支払を済ませると、舞ちゃんと二人して、自転車
を押しながら並んで歩きはじめる。家に向かう途中には、大きなスーパーがあるので、そ
こで買い物をしていくつもり…。

●家の中

 「あれっ!、10分過ぎた?!」

 すっかり「バリー・ヒッター」のサスペンスフルな世界に熱中してしまっていた私は、
部屋を飛び出してキッチンに向かった。と同時に、いったいどれくらいの分量でハチミツ
を入れたらいいのか、聞くのを忘れたことに気づいていた。で、あわててキッチンに行く
と、カレーの鍋とハチミツを目の前にして、千聖が首をかしげていた。

 「あれ?、千聖いたんだ?」
 「うん、今ちょっと出かけてた」
 「えりかちゃん、行っちゃった?」
 「うん、舞ちゃん迎えにいったんだけどぉ、あのね?、『ついでにハチミツ買ってくる
  って、ナッキーに伝えて』って、言われたの…」
 「え?!、ハチミツ?」
 「うん」
 「ここにあんのに?」
 「うん」
 「こんなにあんのに?」
 「うん」

 千聖のとなりで、カレーの鍋とハチミツのビンを見つめながら、私も一緒に首をかしげ
てしまった。

 「どれくらい入れるか、聞いてる?、ハチミツ…」
 「聞いてない…」
 「足りない…ってこと?」
 「分かんない…」
 「でも…、きっと足りないから…、『買ってくる』って言ったんだよね?、えりかちゃ
  ん」
 「うん…、きっと…」

 再び、しばしの沈黙…

 「「そうかっ!」」

 二人はほとんど同時に、頭の上に電球を光らせて、左の手のひらを、右手のグーでたた
いた。

 「えりかちゃんが『買ってくる』って言ったのは、きっとなくなっちゃうから、その次
  のためってことじゃない?」
 「っていうことは、コレ全部使っちゃうってことなんだ!」
 「じゃ、入れよう!」

 私は千聖と共同で、ビンに残っていたハチミツをすべて、カレーの鍋に入れた。大き目
のスプーンで、何回も何回もすくっては入れ、すくっては入れ…。ビンは重いし、スプー
ンからはタレるし、二人で交代しながらやってたけど、途中でめんどくさくなっちゃって、
最後はお湯を入れてぐるぐるかき回して、ビンごとあけちゃった。

●スーパーの前

 「あっ!、お金ないじゃんっ!!」
 「えっ?!どうしたの?、盗まれた?!」
 「いや、そうじゃなくて。パンク代とハチミツ代と思って、ギリギリしかポケットに入
  れてこなかったから…」
 「ハチミツ?!…」
 「そう、カレーの隠し味に入れるの」
 「別に、なくてもいいんじゃないの?」
 「そりゃそうだけどさぁ、やっぱ少しでもおいしいほうがいいじゃん?!、たった大さ
  じ1杯でも、入れるのと入れないのでは違うんだから!」

 こういうときのえりかちゃんは、なにがなんでも意見を曲げない。たとえ末っ子の舞ち
ゃんだって、そこらへんはちゃんと心得ていて…

 「じゃあ舞美ちゃんに、買ってきてもらうようにお願いしてみれば?、もう少しで帰っ
  てくる時間でしょ?」
 「あ、そっか!、舞美の帰ってくる時間だわ」

 言うが早いか、えりかちゃんは携帯を取り出して舞美ちゃんに電話をする。こういうと
き、姉妹が多いっていいなって思う。舞美ちゃんはちょうど地元の駅に着いたところで、
家まで走って帰ろうか、歩いて帰ろうか迷っているところだった。

 「もしもしー、なんー?」
 「舞美ー?、今日もカワイイかあーい?」
 「汗かいたよー。早くシャワー浴びたいー」
 「今どこー?」
 「駅ー。着いたとこー」
 「途中でさー、ハチミツ買ってきてくれるー?」
 「ハチミツぅ?、家にいっぱいあったじゃん?」
 「それがさー、ないんだよねー。見つからないだけなのかもしれないけど。ちっちゃい
  のでいいからさー、買ってきてくれるー?」
 「今日カレーだったよね。隠し味?」
 「そーそーそー。隠し味。だから大さじ1杯分でいいんだけどねー」
 「わかったー。買って帰るー」
 「よろしくねー」

 二人の会話はあいかわらず独特なテンション。舞ちゃんは苦笑いを隠すようにちょっと
顔を下に向けて、えりかちゃんと並んで歩いてる。そろそろ夕方。街の景色が、オレンジ
色からピンクに染まっていく。

 「舞ちゃん、夕焼け見ていこうか?」
 「おーーっす!」

 二人は丘の上の公園に向けて自転車をこぎだした。

●夕方の家の中

 「ただーいまー。おーい!、だれもおらんのかー?」

 スポーツバッグを玄関にどかっと落とし、舞美ちゃんはぶっきらぼーに靴を脱ぎ捨て、
やっぱりぶっきらぼーにキッチンに入ってきた。

 「お、居眠り注意」

 ちょうどカレーの鍋を眺める位置で、千聖がテーブルにつっぷして眠っている。えりか
ちゃんのお手伝いで疲れたのかな。毛布をかけてあげたのは誰だろう。そんなことを考え
ながら、舞美ちゃんは千聖を起こさないように、そっと買ってきたハチミツのビンを、テ
ーブルに置いた。

 「(これが特製カレーですね)」

 ガスコンロに近づき、大きな鍋のふたを開けると、カレーのいい香りが漂ってくる。ち
ょっとその香りを味わっていたい気分…、なんだけど、自分の汗ばんだ身体も気になって
きた。

 「(まずはシャワーだな)」

 舞美ちゃんはそうつぶやいて、キッチンを出ていった。

 「ただーいまー」
 「ただーいまー」
 「おかーえりー」
 「おかーえりー」

 栞菜と愛理がお互いにあいさつを言い合いながら、玄関にあがってきた。珍しいことに
家の中はシーンとしていて、だれも迎えにくる者がいない。

 「舞美ちゃん発見!」
 「舞美ちゃん発見!」

 テキトーに脱ぎ捨てられた靴と、玄関に放置されたスポーツバッグの存在で、舞美ちゃ
んが帰ってきていることはすぐに分かる。こういうの、妹たちにはお手本にならないんだ
けど、その「ちょっと抜けているところ」が、逆に舞美ちゃんの魅力でもあるんだな。聞
き耳を立てると、風呂場のほうからシャワーの音が聞こえてきた。

 「よし!、作戦開始だっ!」
 「作戦開始だっ!」

 二人はそろりそろりとキッチンに向かう。そこにはあいかわらず千聖が眠っているんだ
けど、起こすことのないように、そして気づかれることのないように、お湯を沸かし、濃
い目のお茶をいれ、氷で薄めてガラス製のボトルに移し、冷蔵庫に入れた。

 「お、コレは、ハチミツでわ、あ〜りませんか〜」
 「しかも新しいハチミツですわね〜え」

 千聖がつっぷしているテーブルの上にある、舞美ちゃんがさっき買ってきたハチミツを
見つけて、二人は人差し指を口に当てながら、ヒソヒソ話を始めた。

 「コレ、なんに使うか、ご存知で、ありんすか〜?、愛理さん」
 「さ〜て、なんでしょうねえ、栞菜さん」
 「実はコレ、カレーに入れるでざまんすよ〜、オホホホ」
 「カレーに入れるざまんすか〜、オホホホ」

 そういいながら栞菜は、新しいハチミツのパッケージを開いた。もうずいぶん前のこと
だけど、前回の「えりかちゃん特製カレー」を作った時にお手伝いをしたのは栞菜だった。
だからそのときのレシピを、ちゃんと覚えていたんだね。栞菜はハチミツのビンのフタを
開けて、ちょうど大さじ一杯分をすくった。

 「こうして大さじ一杯、入れるだけで、カレーがひとあじ違ってくるざまんす〜、オホ
  ホホ」
 「ほほー、すばらし〜いざまんすねぇ〜、オホホホ」
 「入れたら、よ〜くかきまぜるざまんす〜」

 まだ温かさが残っているカレーの鍋をかき混ぜると、いい香りが漂ってくる。すると愛
理が思いついたように、でもやっぱりヒソヒソ話で、栞菜に話しかけた。

 「ね、ね、ね、ね、もう一杯。入れてみませんことのよ?」
 「『ことのよ』?、もう一杯でざまんすか〜?」
 「こんなに大きい鍋でござんますし〜、ちょっと甘めのほうが舞ちゃんだって食べやす
  いかもですわ〜、オホホホ」
 「そうでござんますね〜、オホホホ」

 二人はヒソヒソ話とヒソヒソ笑いを繰り返しながら、ハチミツを大さじでもう一杯、入
れた。

 「よしっ!、作戦完了。てっしゅー!」
 「てっしゅー!」

 栞菜と愛理は、カレーの鍋と、ハチミツのビンのフタを元に戻し、そそくさとキッチン
を出ようとした。すると、シャワーを終えてタオルを頭にのせた舞美ちゃんが入ってきた。

 「お、栞菜、愛理、おかえり」
 「舞美ちゃんもおかえり!」
 「なにしてたん?」
 「いや、なんにも!、あ、あの、みんなにね、おみやげ買ってきたの。
  あとで飲もうね」
 「あとで『飲もうね』?」
 「そう、おたのしみっ!」
 「おたのしみっ!」

 そう言いながら二人はまた、オホホホと笑いながら、自分たちの部屋へいってしまった。

 舞美ちゃんは眠っている千聖の横を通り抜け、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取
り出した。ボトルをかざしてみると残り3分の1くらいになっている。

 「これくらいなら、飲みきれちゃうな」

 そういって舞美ちゃんは、「ラッパ飲み」で一気に飲み干してしまった。

 「ふう、生き返る。あそうだ、ハチミツ入れておかなきゃ」

 空になったペットボトルをつぶしてゴミ箱に捨て、食器棚から大きめのスプーンを取り
出し、ハチミツをすくってカレーの鍋に入れる。ハチミツのパッケージが開けられていた
ことに気づかないところとか、大さじじゃなくスプーンで代用しちゃうところとか、ハチ
ミツを入れたあとかき混ぜないところとか、ホント舞美ちゃんって、舞美ちゃんらしい。

●その後のキッチン

 「ただーいまー」
 「ただーいまー」
 「なんだ、みんな帰ってきてんじゃん」
 「ほんとだー」

 えりかちゃんと舞ちゃんが帰ってきた。玄関にずらっと並んだ靴を見れば一目瞭然、み
んな帰ってきていることが分かる。二人はそのままキッチンへと直行した。

 「あれま、千聖寝てるしー」
 「千聖ー、もうすぐ夕飯だよー、起きろー!」

 舞ちゃんはそういいながら、千聖の肩を軽くゆすってみる。こういうときの千聖は絶対
に起きないことを知ってて、わざとやっているのだ。

 「ってか舞美、大きいの買ってきてるしー!」
 「さっすが舞美ちゃん(笑)。サービス精神ありあり!」
 「まあ腐るものじゃないからいいけどさー、もう一個の出てきたら、いつ使い切るかわ
  かんないじゃ〜ん」
 「封があいてるね。入れておいてくれたみたい」
 「でもね、今回はいつもよりたくさん作ったから、もう一杯入れましょう」
 「甘口にならない?」
 「大丈夫。大さじの一杯や二杯ぐらいでは、ホントに『隠し味』程度なんだから」

 そういってえりかちゃんは、再びハチミツを大さじ一杯、入れた。

 「おっと、そうだ!。ご飯を炊かなきゃ」
 「え?!、炊いてなかったの?」
 「炊いてなかったのよー。しまったー、舞美に頼んでおくんだったー」

 そういいながらえりかちゃんは、またカレーを温めるために火をつけ、お米を洗う準備
にとりかかる。

 「舞ちゃん、宿題は大丈夫?」
 「うん、ゆうべ半分終わらせた」
 「じゃあご飯炊けるまでの間に終わらせちゃいなよ」
 「そだね。ナッキーいるかな」
 「いるはずだよ。今日は『ひきこもり少女』だから」

 その後、えりかちゃんはキッチンで夕飯の支度。舞ちゃんは私の部屋で宿題の続き。栞
菜と愛理は舞美ちゃんの部屋でなぜかトランプで遊んでいる。そんなふうにそれぞれに、
夕食の時間を待っていた。そうそう、千聖はあいかわらず夢の中。

●ダイニング

 「スプーンと、フォークと、お箸と…、サラダはココとココね」
 「アイアイサー!」

 いつの間にか目を覚ましていた千聖は、再びえりかちゃんのお手伝いに元気いっぱいで
復帰。全員そろっての夕食って、何日ぶりだろう。たいていは、えりかちゃんと舞美ちゃ
んのどっちかが抜けてて、その他のときは舞ちゃんが別のおうちにお呼ばれしてたり、愛
理がピアノの先生のところに行ってたりして、なかなかみんなそろわないんだよね。だか
らホント、全員いるってだけで、なんだか嬉しい。

 「みんなー、準備できたよー!」
 「はーい!」

 みんな待ちかねていただけあって、テーブルには全員の顔がいっせいにそろった。

 「でわでわー、本日のメインディッシュー!、じゃなくてナベー」
 「待ってましたー!」
 「特製カレー!」
 「きたきたきたーーーっ!」
 「いえーぃっ!」
 「っていうか、お腹ペコペコー」
 「私もー!」

 「みんな、つまみ食い、フライングなしだかんね〜」
 「ほーい」

 千聖がお皿にご飯をよそおって、えりかちゃんがそれにカレーをかける。舞ちゃんがそ
れぞれの席にできあがったお皿を運ぶ。舞美ちゃん、私、栞菜、そして愛理は席に座って、
ひざの上に手を置いて、それをじっと見守っている。

 「ぐ〜〜〜」
 「きゅるるる〜」
 「おー、さっすがみんな育ち盛り!」
 「ってか舞美ちゃんの音がいちばん大きくない?」
 「そーかなー?」

 舞ちゃんが全部のお皿を運び終わったころ、栞菜と愛理が目配せをして、席を立った。

 「ちょい待ち!、ちょい待ち!、ちょ〜っと待ってね」

 カレーのお皿が並んだテーブルに、それぞれの水の入ったグラスの横にもうひとつ、栞
菜と愛理が例のお茶の入ったグラスを並べていった。

 「はいこれー、本日のおみやげ〜」
 「何コレ?オレンジジュースみたい」
 「いや、りんごジュース?」
 「お茶だよ。キレイでしょう?」

 二人が配ったグラスには、透明で鮮やかなオレンジ色の「お茶」が入っていた。ぱっと
見には、これがとっても苦いお茶だなんて分からないくらいにキレイな色。みんなはグラ
スをかざしてみたり、くんくん匂いをかいでみたり…。

 「なんか、クスリっぽいニオイがするう」
 「『UB茶』っていうんだよ」
 「『UB茶』?」

 栞菜がお茶のパッケージをみんなに見えるようにかざした。そこには確かに「UB茶」
と大きなロゴで書いてある。でも、よくよく見ると、そのロゴの下には小さく
「ULTRA BITTER TEA」って書いてあるんだけど、それを気づかれないように、栞菜は
そのパッケージを隠してしまった。

 「これね『ULTRA BEAUTY』っていう意味なんだよ」
 「『ULTRA BEAUTY』?」
 「そう、ちょ〜〜美人になれるお茶!、お肌にいいんだって」

 「「「「「ほほーぅ」」」」」

 なんてだまされやすい家族なんだ。私もその一人なんだけどさ。

 「じゃあ!みんなでいっせいに飲んでみよう!」
 「飲んでみよう!」

 「「「「「「「かんぱぁ〜い!」」」」」」」

 「…」
 「…」
 「?」
 「…」
 「…」
 「…」
 「…」

 「ブッ!!!!!」
 「ニガッ!、超ニガッ!!」
 「?!」
 「にっがーい!!」
 「うわっ、すごいコレッ!」
 「にがっ!にがっ!にがっ!」
 「ひえ〜っ!!」

 実は栞菜も愛理もまだ飲んだことがなかったから、おそるおそる、ちょこっとだけ飲ん
でみたんだけど、それだけでも予想をはるかに超えた苦さだったみたいで、結局みんなも
のすごい表情になってせき込んでしまった。

 「「「「「「「ゴホッ!ゴホッ!」」」」」」」

 「水!、水!」
 「っていうかサラダ!」
 「はいサラダ!」
 「なんか甘いもの!イチゴ!」
 「私もイチゴ!」
 「イチゴ!」
 「イチゴ!」

 カレーを食べる前にみんな、水とかサラダとか、サラダにのっかっていたイチゴとか食
べ始めちゃった。そうして「お口直し」をしないと、とてもじゃないけど「辛いカレー」
なんて食べられそうになかったから。おかげでイチゴが全部なくなっちゃった。

 「栞菜ー、愛理ー。ちょっとそれ見せてみ!」

 舞美ちゃんがにがーい口を手で抑えながら、栞菜が隠したパッケージをとりあげた。

 「わっ!『ULTRA BITTER』だって!、BEAUTY じゃないやん!」
 「『ビター』って?」
 「『苦い』って意味」
 「じゃ、『ちょ〜〜苦い』ってこと?!」
 「美人じゃないじゃ〜ん!」
 「苦いだけなの?!、やられたー」
 「栞菜ー、愛理ー。やったなー」
 「まあ、まあ、『良薬口に苦し』っていうじゃない。気を取り直して、カレーを食べま
  しょう!」

 思いがけず二人のフォローをしたのは、えりかちゃんだった。いたずらのヌシ、栞菜と
愛理は、あまりにもお茶が苦かったので、いたずらを楽しむどころか、ちょっと反省して
るみたい。でもね、実は私はこれくらい苦いの、好みだったりして。

 「なにしろ今回のカレーは、か・な・り、気合が入ってますからねー」
 「ほほーぅ」
 「千聖にも手伝ってもらったし、ね」
 「えへへ〜、野菜とか切るの結構大変だった」
 「『後藤家』のウラワザも使ってるし、絶対おいしいぞお〜」
 「それじゃあ、食べましょう!」

 「「「「「「「いただきま〜す!」」」」」」」

 「…」
 「…」
 「…」
 「…」
 「…」
 「…」
 「…」

 「甘い…」
 「なにコレ?…」
 「あま〜い!」
 「甘っ!…」
 「甘いね…」
 「すごくね?…」
 「ひえ〜っ!!」

 みんなスプーンを口に運んだ状態のまま、動作が止まってしまった。それはカレーなん
かじゃなくて、なにか別の食べ物、いやお菓子みたいに甘かったから。

 「ちょ、ちょっと!、なんでこんなに甘いの?!、舞美、どんくらいハチミツ入れた
  のさ?!」
 「どんくらいって、スプーン1杯だけだ…よ?」
 「うそー。それだけでこんなに甘くなるわけないよ〜」

 思わず私と千聖は目を合わせてしまった。でも、そのときに目を合わせたのは、私たち
だけじゃなかった。

 「あのー…」
 「ん、栞菜?」
 「私たちも、入れたんですけど〜」

 栞菜と愛理がおそるおそる、そろって手をあげた。

 「あんたたちもー?!、って、どれくらい入れたのよ〜?」
 「大さじ一杯。いや、二杯」
 「えー、なんでー?」
 「だってまだ開いてないハチミツが置いてあったから…」
 「あー、あたしが買ってきたやつだ〜」

 え?、買ってきたハチミツも入れちゃったの?、っていうかそれは予備のハチミツじゃ
なかったの?、「大さじ一杯」って…。私と千聖は目を合わせながら、お互いの顔色が青
ざめていくのを見ていた。こういうときって、ホントに顔の色が青くなってくるんだね。

 「あのー…」
 「え?、ナッキーも?!」
 「私たちも、入れたんですけど〜」
 「ナッキーと千聖?!、えー、だってさぁ、ナッキーに頼んだときには、なかったんだ
  よ?、ハチミツ」
 「あったよ、私が出したんだもん」
 「え?!、千聖が?、出したの?、どこから?」
 「いつもの棚」
 「どこに置いたの?」
 「ガスコンロの横」
 「え?、え?、なんでなんでなんで〜?」

 なにがなんだか、ワケがわからなくなってしまったえりかちゃんは、オーバーアクショ
ンぎみに腕を組んで、首を左右にブンブン傾げている。みんなもどう話していいんだか分
からなくて、黙ってしまった。

 「えりかちゃん、あんまり近くにあったから見つけられなかったんじゃない?、それで
  『ない』って勘違いして…」
 「え?…」

 するどい推理を披露したのは、「名探偵マイマイ」だった。みんなの視線がいっせいに
えりかちゃんに集中した。

 −−えりかちゃんが電話に出ている間に千聖が出しておいたハチミツを、えりかちゃん
が見つけられなくて、なくなったモノと勘違い(実際には私と千聖がカレーに入れたんだ
けど)。それで舞美ちゃんに買ってきてもらうように頼んで、届いたハチミツを今度はみ
んなが別々のタイミングでカレーに入れちゃった。−−

 事件の全容が、みんなの頭の中でだいだい固まってきた。でも、核心となる衝撃的な
事実が明かされるのは、このあとだった。気を取り直して、えりかちゃんが再び口を開いた。

 「で、どれくらい…、入れたの?」
 「…半分…」
 「半分…って?…」
 「ビンの…残ってた半分…」

 「「「「「ええぇ〜っ!」」」」」

 どうやらカレーの隠し味のハチミツが、大さじ一杯だけでいいということを知らなかっ
たのは、この時点では私と千聖だけだったらしい。

 合計で大さじ4杯と大きなスプーン1杯、そしてビンの半分の量のハチミツを入れれば、
それはそれはカレーがカレーじゃない食べ物になったって不思議じゃない。

 「…ってことは、全員が、入れたんだ…、ハチミツ…」
 「ありえな〜い!」
 「すげぇ〜!!」
 「ひえ〜っ!!」
 「まさに『特製カレー』じゃない?」

 さすが能天気な舞美ちゃん、こういうときの機転の良さというか、天然パワーには、ホ
ント救われる。

 「ねーねー、さっきの『苦いお茶』を飲みながら食べたら、どうなるかな?」
 「え゛っ!」
 「やってみ…る?」
 「ちょっとこわいんですけど…」

 舞美ちゃんはもういちどカレーを口に放り込み、続けて苦いお茶を口に含んだ。千聖も
負けじとチャレンジ精神を発揮して、舞美ちゃんと同じように両方を口に入れた。

 「あ、なんかね、微妙…。っていうか絶妙!」
 「なんだか味が戦ってる!、口の中で!」
 「ちょっと面白い味かも〜!」

 二人の反応が悪くないので、他のみんなもまねして食べ始めた。

 「あ、確かにへん〜!」
 「なんか、おいしいかもよ?」
 「すんごい絶妙すぎる!(笑)」
 「あー、戦ってるう。分かるう!」
 「ひえ〜っ!」

 おいしいんだか、おいしくないんだか、よく分からないんだけど、とにかく「すごい味」
を堪能して、結局みんなが完食してしまった。さすがにおかわりをした人はいなかったけ
どね。このときだけ、ドレッシングをかけないプレーンなサラダが、すこぶる評判が良か
ったっていうのも、無理はない。

 この日、我が家は新しい「味のコラボレーション」と、二度と作られないであろう奇跡
の「特製カレー」を味わった記念日となったのであった。

おしまい
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