ショートカット
ある秋の日の話。


「千聖、髪伸びたねえ」
「エヘへへへ」

えりかが前掛けを掛けた千聖の肩より伸びた髪にブラシを入れながら言うと、
千聖は照れながら笑った。

秋晴れの日曜日の午後、
マイを除く姉妹五人が色とりどりの前掛けをして庭に面した縁側に座り、
えりかがみんなの髪の毛を切ってくれる今日は『縁側美容室の日』だ。
側には飽きないようにお菓子やジュースや雑誌も用意して、
えりかはその後ろでみんなの髪をブラシでとかしてくれている。

「ねえマイの前かけが無いよお〜」

その時、白くて大きいシーツを被り、頭だけを出したマイがやってきた。
小さく華奢な体が白いシーツにスッポリ隠れ、頭だけが出た姿は
大きなてるてる坊主のようだ。

「マイてるてる坊主みたい〜!!」
「かわいい〜!!」
「あはははは!!」
「笑うなぁ!!」

千聖が言うと、みんなが笑った。
マイは怒ってみせたが、もちろん本気ではない。
それにしても、こんな格好をしていてもマイは可愛いなあと千聖は思う。
パチッとした瞳はまるでお人形さんのようだ。

パパはどうしても男の子が欲しかったらしくて、女の子が生まれる度に「次こそは」と
思うらしいのだが、七人目に生まれたお人形のような女の子を見てとうとう諦めたようだ。
それで女の子ばかり七人の姉妹になってしまった。

子供が七人もいると美容院代も馬鹿にはならない。
それで、小さい頃はママがいつも縁側に姉妹を七人座らせて髪の毛を切ってくれていた。
それをお洒落で器用なえりか姉ちゃんが受け継いでくれたのだ。

みんな「ちゃんと美容院へ行きたいよお」などと言い、
実際、本格的に切りたい時はちゃんと美容室に行くが、ちょっと前髪を切りたい時、
毛先を揃える時だけの場合は家でえりかのカットにまかせている。
そして今日もえりかの縁側美容室には姉妹が全員揃っていた。

「じゃあマイが最初ね、だってマイちゃん後にすると
 待ってる間にいっつも寝ちゃうんだもん」
「そうそう、いつの間にかコロンって赤ちゃんみたいなんだよ」
「ひどーい、今日は寝ないよ!」

えりかと千聖がそう言うと、マイがムキになって答えた。だが、

「いいよお、じゃあマイちゃん寝てる間に勝手に切っちゃっていいのね?
 寝ながら切ったら前髪パッツンとかになっちゃうかもしれないけどいいのね?」
「じゃあ、マイが最初で!!」
「あはははは!!」

意地悪く言うえりかにマイが即答し、みんなが笑った。
そう、みんなでいろいろお喋りしながら、この場所で髪の毛を切るのは
結局、姉妹にとって楽しい時間なのだ。

「はい、じゃあマイから切るからそのリボン外しな」
「うん」

えりかに言われてマイは、髪を頭の両脇で結んでいたリボンをほどいて脇に置いた。

(……いいなあ、リボン)

千聖はそれを見て思った。
小さい頃からやんちゃで、周りからもずっと男の子みたいだと言われ続けてきた千聖は、
せっかく髪の毛を伸ばしてみても恥ずかしくて照れくさくて
本当は大好きで憧れている「リボンがしたい」なんて自分からは言えなかった。


「……はい、マイこんな感じでいい?」
「うん、ありがとうえりかちゃん」

マイの髪の毛を切り終えたえりかが「次!」という感じで栞菜を手招きする。

「ねえ栞菜、やっぱり前髪は伸ばすの?」
「うん、栞菜でこ出しが好きなの」
「そう?栞菜は前髪下ろした方が可愛いと思うのになあ」

そしてえりかは栞菜の毛先を手早く揃え、

「ねええりかちゃん、このサイドのクセ毛何とかならないかな?」
「それはストレートパーマじゃないと無理かなあ!?
 洗ったらかならずヘアアイロンで伸ばしてみなよ」

ナッキーは髪の悩みをえりかに相談していた。
そして、千聖の順番になった。

「千聖は、このまま伸ばしなよ。女の子っぽく見えるよ」
「うん、可愛い可愛い」
「そぉお?」

えりかが言うと、舞美も褒めてくれた。
千聖は喜んでみせたが、やっぱり恥ずかしかった。
これまで女の子っぽいなんて言われた事が無かったのだから。
やっぱり髪の毛伸ばしてみてよかったな、と思った。

「…でも千聖、この顎の傷どうしたの?」

顔に出来たばかりの傷を見つけてえりかが訊いた。

「うん、昨日ね、七丁目のフットサル場に女の人のフットサルチームが練習に来てたの。
 愛理とマイと一緒にずっと見てたら『やってみる?』って言われてさあ、
 入れてもらって一緒に走ってたら転んじゃって…」

千聖は昨日の事を思い出した。
学校でいつも男子相手に校庭でボールを蹴って遊んでいた千聖は、
フットサルにもちょっとは自信があったのだが、まるで相手にされなかった。
ろくにボールも奪えずに走り回ったあげく、転んで顎に怪我をしてしまった。
やっぱり本当の大人のチームは違うな、と思った。
たしか今日も練習に来てるって言ってたな、後でまた行ってみようと考えていた。

「もう、千聖は女の子なんだから顔には気をつけないと!」

舞美が心配気に言ったが、怪我を怖がってたら相手に勝てないじゃないかと千聖は思った。
すると、えりかが千聖の頬を撫でて言った。

「…この頬の傷も残っちゃったね」
「…ごめんね千聖」

愛理が千聖の顔を覗きこむと申し訳なさそうに謝った。
これで謝られるのは何回目だろう、
千聖はちょっとムッときて答えた。

「もう、いいって言ってるじゃんかーー!」

愛理の顔がちょっと沈んで見えた。しまったと千聖は思った。
思ったまんますぐ口に出してしまうのが自分の悪いトコだ
でもしょうがないじゃないか、悪いのは愛理だ。


そういえば小さい頃も愛理を泣かせた事があったな、と千聖は思い出した。
ゴムでできたトカゲのオモチャでちょっと驚かせただけなのに、
普段学校の男の子とやってるような 他愛も無い悪戯だと思ってたのに、
愛理は簡単に泣いてしまった。

ママに怒られた。
「愛理は千聖とは違うの」と言われた。
今にして思えば「愛理は気が小さいんだから」という意味なんだろうが、
当時は「愛理はあなたとは違って特別なの」と言われてるみたいで面白くなかった。
千聖が勝手にそう思い込んでただけなのに、以来、愛理がちょっと苦手になった。

実際、愛理は妹の自分から見ても同じ姉妹とは思えない、
いつも言う事も大人っぽくて、むずかしい言葉を知っていて、かわいくて、歌も上手くて…、
お姫さまみたいだった。自分と違うと思っていた。
愛理と話していると、いつも自分がひどく幼く思えて嫌だった。

そして、そんな事を考えてる自分もちょっと嫌だな、と思った。


「じゃ、次、舞美はどうする!?」
「あたしももうちょっと伸ばしたいから前髪と毛先だけ揃えてね」
「わかった!」

舞美が言うとえりかが舞美の長く伸びた綺麗な黒髪をブラシで伸ばした。
すると姉妹達から感嘆の声があがった。

「舞美ちゃん髪の毛綺麗」
「キレ〜〜イ!!」

舞美のストレートロングの綺麗な黒髪は、姉妹みんなの憧れだ。

「でもねえ舞美ちゃんはトリートメント使いすぎなんだよ、
 いつも舞美ちゃんの後にお風呂入るといつも容器空だもん」
「ウソー、そんな事ないわよ!」

千聖がからかうとムキになって答える。年上だけど可愛い、と千聖は思った。
そう、髪の毛だけじゃない。
舞美姉ちゃんは綺麗で、スポーツ万能で、それでいてちっとも飾った所が無くて
でもちょっと天然で、存在そのものがみんなの憧れだった。

昔は千聖と同じくらい黒くてお転婆だったのに、いつの間にか人一倍
大人っぽくて綺麗になってしまった舞美ちゃん。
いつかは千聖も舞美ちゃんみたく大人っぽく綺麗になれるのかな。
そしたら愛理に負けないぐらい大人になれるかな。

そう考えて、まず舞美ちゃんみたいに髪の毛を伸ばしてみようと思った千聖だったが、
自分が果たして本当大人に近づいているのか疑問だった……。


「ねええりかちゃん、あたし前髪はねえ、眉毛の下0.2cmでねえ…」
「こーまーかーいー!愛理あんた美容院では絶対嫌われる客だよ」

愛理の番になり、愛理はえりかに細かく注文をつけている。
それを見ていた千聖は、せっかく伸ばした髪にろくにブラシも入れない自分に比べ、
愛理はいつもお洒落で、綺麗で、やっぱりお姫さまみたいだな、と思った。


「終わったよ〜〜〜!!」
「えり、ごくろうさん!!」
「ありがとうえりかちゃん!!」

ようやく全員の髪の毛を切り終わったえりかが叫び、みんながえりかの労をねぎらった。
千聖も前掛けを外そうとすると、愛理がやってきて言った。

「待って千聖、もうポニーテールできるでしょ?あたしが髪の毛といてやってあげる」
「いいよ愛理ィ、それぐらい自分でできるから」
「いいからいいから」

愛理はそう言って千聖の髪にブラシを入れ、髪を後ろで丁寧に一本に束ね始めた。

「…ねえ千聖、いくらあたしのためだからって、もうあんな事しちゃ嫌だよ」

またその事か、と千聖は思った。
でも、あれくらい当たり前の事じゃないか、
愛理が男の子に意地悪されて泣いてたのに、千聖が黙ってられる訳なんかないじゃないか。

それで自分よりずっと体の大きいその男の子にとびかかっていき、
掴み合いの喧嘩になってしまった。いっぱい殴られたけど、いっぱい殴り返した。
顔がボコボコになり、傷まで残ってしまったけど、でもいいんだ。
そいつは泣いて帰ったから。そして千聖は、

「今度ウチの愛理に意地悪したら承知しねえぞ!!」

って言ってやれたから。
だって許せる訳ないじゃないか、千聖の大事なお姫さまの愛理を泣かせるなんて。

そんな事より許せないのは愛理だ、だって愛理は悪くないのに、悪いのはあの男の子なのに、
千聖に謝ってばかりいるんだから。
愛理は悪くないのに、愛理は悪くないのにィ…、

「はい、千聖ポニーテールにしてこれで髪の毛結んだら可愛いなあと思って買ってきたの。
 どう!?」

愛理はそう言うと、ポケットから可愛いリボンの飾りが付いたヘアゴムを出して
千聖の束ねた髪の毛をそれで結んでくれた。

……何で千聖が本当はリボンが好きなの知ってるんだよ。

やっぱり愛理にはかなわないと思った。
ちょっとつらく当たっても、いつも優しくて、人の気持ちを思いやって……、

「やだ千聖、もしかして泣いてんのォ!?」

自然と涙がこぼれていた。

「愛理がいけないんだよ!!」
「何で何で!?意味わかんない!!あたし何かした!?」

困惑する愛理を余所に、千聖は涙を拭って
愛理に後ろで束ねてもらった髪を掴んで言った。

「…ねええりかちゃん、やっぱりこの髪の毛切って。
 千聖やっぱりショートカットがいい!」

「え〜〜〜〜〜っ!?」
「何で〜〜〜〜〜!?」

えりかは驚き、愛理が一瞬悲しい顔になった。
だが千聖は答えた。

「あのね、後ろで結んじゃったらせっかくのリボンが自分で見えないでしょ?
 だからいっつも見えるように前髪のここで結ぶの」

千聖はそう言って、前髪をちょこんとつまんでニッコリ笑ってみせた。
誰もが惹かれる最高の笑顔に、つられて愛理も笑顔になった。


「はい、千聖、久しぶりにさっぱりしたでしょ」

えりかが髪の毛を短く切ってくれた。
久しぶりのショートカットだ。

「うん、千聖はやっぱりそっちの方が似合ってるかな」
「元気元気って感じ」

みんなが誉めてくれた。さっきまで長い方が可愛いとか言ってたくせに。
でも、千聖も何だか気持ちが軽くなった気がした。

「じゃあ、ちょっと昨日のフットサル場行ってくる!
 リベンジリベンジ!!」
「あー、ちょっとお掃除手伝っていきなさいよー!」

えりかが止めるのも聞かず、ショートカットにリボンを結んだ千聖は
走って家を飛び出していった。

「待ってよ千聖、あたしも行くーーー!!」

そう言ってマイも飛び出していった。

先を走る千聖は路地に差し掛かった。
七丁目のフットサル場へはこっちを曲がった方が近道だな、
だでも千聖はあえて遠回りの道を選んだ。今日は気分がいいから、いっぱい走っていきたかった。

もう髪なんか伸ばして、無理に大人ぶるのはやめよう。
愛理は愛理で、千聖は千聖だ。
愛理が自分より大人なら、それに甘えてよう。
そのかわり愛理が自分を必要なら、これからもずっと守ってやろう。

それにしても昨日は悔しかったな、
今日もどうせ子供扱いされて歯が立たないんだろうな。
でも、いいんだ。ボールを追っかけて走ってるだけで楽しい、そう千聖は思った。


「じゃあ、あたしも行ってくる!」
「何、愛理も行くのー?」

掃除と後片付けの手伝いを終えた愛理が言った。
えりかがあきれて聞くと、愛理は興奮して答えた。

「だって昨日の千聖すごかったんだよ!
 大人の人相手に何人もドリブルで抜いていくの!!
 チームの人が驚いて明日も来なよって言ってくれたんだから!!」

だから見ないわけにはいかない、と愛理は思った。
千聖は面白くって、スポーツができて、強くて、自分に無いところをいっぱい持っている、
自分にとってのヒーローなんだから!!


千聖は、街のショーウィンドウに写る、自分の姿を見つけた。
走る千聖の頭の上で、リボンが跳ねていた。
千聖は「エヘヘヘ」と笑い、そのまま全力で駆けていった。

そう、無理に大人への【近道】なんて探さなくていい、
愛理は愛理で、千聖は千聖。
今のままの千聖で輝ける場所は、すぐそこにあるのだから。

そのことに千聖が気付くのは、もうちょっと先の話だった――。
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