ナッキーの選択
 タンタンタンタン……

朝のキッチン、
テーブルに向かい、赤ペン片手にその日の新聞チラシを眺め
一心不乱に電卓のボタンを叩く紅いべっこう眼鏡の少女が一人。

「…よーし、これで今日のチラシチェックは終わり、と。
 さあて、お楽しみお楽しみ!」

お茶を入れ、戸棚の奥に隠しておいた信玄もちを取り出してテーブルに戻ると、
お気に入りのライトノベルの続きを開いてから、おもむろに信玄もちを一つ口に放りこむ。

「うーん、美味しい!幸せケロ♪」

嬉しいと何故か語尾に「ケロ♪」が付くのが口癖の不思議ちゃん、
ナッキーこと早貴はこの家の三女だ。

小さい頃から泣き虫で甘えん坊、
付いたあだ名が「泣き虫早貴」=「ナキムシサキ」縮めて「ナッキー」。
七人姉妹の大所帯℃-ute家は、みんな明るくて寂しくなる事はないけれど、
たまには独りでホッとする時間も重要。アニメや読書が大好きなナッキーにとって、
まだみんなが寝静まっている朝のこの時間はささやかな幸せタイム。
アニメ調イラストが記されたライトノベルを読みながら、大好物の信玄もちを食べお茶をすする。
あー、至福の時だ。。。


 ジリリリリリリリリ…
遠くの方で目覚ましのベルが鳴り響く。
が、誰も起きてくる気配が無い。軽く溜め息をつき、本を閉じると口を真一文字に結び
この後訪れる喧騒に備え気合いを入れる。

「ふゎ…、おあようナッキー」

「おはよう舞美ちゃん、ねえ舞美ちゃんまた和室の電灯の紐ちぎっちゃったでしょう、
 いつも引っ張る時は力入れすぎないでって言ってるのに」
「ごめーん、そんなに力入れてないんだけどなあ」

しばらくして眠そうな目をこすりながら起きてきたのが姉の舞美だ。
何事にも全力はいいが加減を知らない馬鹿力でもある。

「おっはよーナッキー!どう私今日もカワイイ?」
「おはようえりかちゃん、ねええりかちゃん昨日風呂場の電気つけっ放しだったよ」
「うそー!?ゴメンゴメン気をつけるわ。今朝御飯作ってあげるからね」

と言いながらもまた同じ失敗を繰り返すのは朝からハイテンションな姉えりかだ。
誰よりも明るく笑わせてくれるのはいいがマイペースで人の話を聞いていない。

両親不在の℃-ute家では、この姉二人が親代わりを務めている。
が、姉達はしっかりやってはいるもののどこか頼りなく、自然と三女の早貴が
しっかりしなければいけない羽目になる。

「…さあ、もうケロは終わり!今日も一日頑張んなきゃ!!」

つい腕まくりをして気合いを入れるナッキー。
そう、いつまでも甘えん坊の泣き虫ナッキーでいる訳にはいかない、

 ドタドタドタドタドタ…

「寝坊したーーー!!」
「何で起こしてくれなかったのーーー!!」

残りの妹達が跳び起きてくる。
今から、普段は仲がいい℃-ute家の唯一の戦争タイムが始まるのだから。


 ゴ〜〜〜ッ!!

「栞菜早くしてよ〜!」
「だってサイドが決まんないんだもーーん!!」

洗面所でドライヤーの奪いあいをしているのは栞菜と愛理だ。
鏡を独占する時間をナッキーと供に奪い合うベスト3である。
(もっともナッキーは自分が鏡に向かうのは身だしなみだからと言い訳する)

「ナッキー、ドライヤーもいっこ買ってって言ってるのに〜!」
「今月もピンチなの!我慢して順番に使いなよーー!」
「もー、癖毛伸ばさなきゃ学校行けない〜〜!!」

 ドンドンドンドンッ!!

トイレの前を通ると、トイレのドアをノックするナッキー。

「ちょっと舞美ちゃん、またおトイレで寝ないでよー!!」
「グ〜〜ッ…、寝、寝てないよッ!!」

朝早く起きると、必ずトイレで座ったまま寝てしまう舞美姉さんを
起こすのもナッキーの日課だ。

「ナッキー御代わりちょーだい」

キッチンへ戻ると、千聖とマイがおかずの奪い合いをしている。

「千聖ご飯食べ過ぎ、もう三杯目でしょー!」
「あー!マイのおかず取るなー!!」

末妹のマイは、小食で偏食。好き嫌いが多くていつまでたっても大きくならない。
その癖、他人におかずを勝手に取られるのを嫌がる負けず嫌いだ。

「えりかちゃん、今日頭お団子にして〜!栞菜がね、ドライヤー代わってくれないの〜!!」

栞菜に洗面所を追い出された愛理がやってきた。

「あたしまだお弁当作ってるからダメ、舞美にやってもらいなー!」
「ギクッ!…あ、あたし今日このままでいいや」
「いいよ遠慮しないで愛理、あたしがやってあげるよ!」

後ずさる愛理を強引に捕まえ、完全に目を覚ました舞美がブラシを入れた。

「痛い痛い痛い痛い、舞美ちゃん髪引っ張りすぎ〜〜!!」
「な〜んで!?大して力入れてないじゃーん、ホラ」
「ヒ〜〜〜〜ッ!!」

かくしてこれも朝恒例の悲鳴が響き渡る。
力の加減を知らない舞美姉さんの今日の人的被害者第一号は愛理だ。

「ふー、千聖はショートカットで良かった〜」
「あー千聖はその寝グセ直さないと」
「イヤだイヤだ、引っ張らないで…、ヒィ〜〜〜ッ!!」

……すぐに二号が出た。

「あはははは、千聖のその顔!」

長いヘアブローを終えた栞菜がやってきて、その姿を見て笑い転げた。
ナッキーも思わず笑ってしまった。
その声に釣られて、他のみんなも笑いだした。
ついには舞美と千聖も一緒に笑いだした。

「あははははははは!!」

みんなの笑い声が重なって、やがて大きく弾けた。

「も〜う舞美ちゃんの馬鹿力ァ!!頭の皮はがれるかと思ったヨ」
「な〜んで!?普通だって!!もぅ〜〜」

千聖が笑わせ、笑い上戸の栞菜が釣られて笑い、やがてみんなが笑い出す。
これまで何十回、何百回と繰り返してきたいつもの事なのに、何でこんなに楽しいのだろう。
きっと、みんなが一緒にいるからなんだろう。

そのうち、また【誰か】が欠けてしまうかもしれない。
みんな無意識にその事を感じとっているのかもしれない。

だからこそ、みんな一緒にいられるだけで今が楽しく、そして幸せなのかもしれない。

どんなに騒がしくても、喧嘩をしてても、もう甘えん坊でいられなくても、
いつも姉妹が七人全員一緒に笑っていられるこの幸せを噛み締めていようとナッキーは思った。

「ハイみんな、お弁当出来たよ!」
「いつもありがと、えりかちゃん!」
「ありがとう、行ってきまーーす!!」
「ありがとー、じゃ行ってくっカンナー!」

玄関から弾けたように跳び出していく妹達を見送り、ナッキーも登校の準備を始めた。

「いつもお弁当ありがとうえりかちゃん。 じゃ、あたしも行ってくるねー!」
「ちょっと待った、ナッキー頭のそれ付けたまま行く気?」

えりかがナッキーの頭に手をやると、洗顔の時に前髪を束ねていたヘアクリップを
外してくれた。

「あ〜〜〜っ!!」
「ほっぺに信玄もちの粉が付いてるぞ、ホラ」

舞美が優しくほっぺたの粉を払ってくれた。

「妹達の世話もいいけど、肝心の自分の身だしなみを忘れるなヨ」
「ナッキーは何があっても変わらずナッキーなんだから、鏡好きの甘えん坊ナッキーを
 忘れちゃだめだよ」

そう言って舞美が手鏡をかざしてくれた。そこに写っているのはどんなナッキーだろうか。
もうそんな事はどうでもよかった。
ナッキーはいつもナッキーナリ!!

「えへへ…ありがとうお姉ちゃん達、
 …じゃあ、行ってくるケロ〜〜♪」

そう言って明るく走っていくナッキーは、姉への感謝に心の中で、
(お姉ちゃん達がもっとしっかりしてればナッキーはもっと全然楽なんだけどね)
とこっそり舌を出して付け加えるのも忘れなかった。



「…ウチら遅刻じゃーん、舞美が朝からシャトルランの練習とかいって始めるから!!」
「…そういうえりだって洋服決まんないとか言ってずっと悩んでたじゃーん!!」

…そういう姉二人だった。

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